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2005年5月31日 (火)

LIVING OUT LOUD

もともとが右に倣えをすることが、片っ端から嫌な人間なので、・・・・一見、何の期待もしない映画やサントラでビビときた時には、無性にそれがいとおしくなる。ほとんど話題になっていない作品であればあるほどそんな感じで、自分以外に「名盤」と言っている人間を聴いたことのないアルバムなんて、山のようにある。そんな中の一枚、「LIVING OUT LOUD」のサントラを久々に一枚、まるまる聴く。映画は、スクリーンでは公開されず、のちに『マンハッタンで抱きしめて』というタイトルでビデオストレートで出た作品である。見るからに、ダニー・デヴィートとホリー・ハンターの大人のラブストーリーで、決して大傑作は狙わず、ほんのり大人がいい気分になる路線を行く作品と想像する(未見なもので・・・・)。このサントラのポイントは、ベテラン・ラッパーであるところのコワモテなクイーン・ラティファがしっとりとしたジャズ・ヴォーカルを聴かせることで、この彼女の声が、何とも優しい。ラッパーたちは、アイス・キューブといいLLクールJといい、最近だとDMXといい、(モス・デフなんかも最近、よく出ている)ある程度、年季が入ってくると、俳優業へシフトしていこうとしているようだ。そんな中でも、昔の勢いが枯れたときにシブい、そんな味を女性で出しているのがクイーン・ラティファだろうと思う。とにかく、アニタ・ベイカーかパティ・オースティンか、というぐらいムードたっぷりな「GOIN' OUT OF MY HEAD」を3回立て続けに聴いて「やはり、エエなぁ」と思う。ついでに、このサントラの後半がスコア担当ジョージ・フェントンのスコアなのですが、これがまた、まるでボブ・ジェームスな美しさで250点満点。

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2005年5月30日 (月)

スコアもの以外が聴きたくて

ここのところ、時に無性に「スコアもの以外」が聴きたくなる。映画音楽ファンとしては、珍しい事態である。というのも、「スコア」さえも、いずれの作品も、行き着くところへ行ってしまっていて、新しく突き抜ける何かを感じさせるものがあまり手元に見当たらなかったり、単に「歌ものが聴きたい」状態だったりするからである。プラス拍車をかけるのが、最近トミにうかがえる「アメリカン・インディーズ映画の異常な盛り上がり」と、「それをほぼ無視している日本の公開状況」にもある。あまり、愚痴っぽいことは書きたくないので、マイナス面は、この部分の言及だけにとどめます。「GARDEN STATE」や「NAPOLEON DYNAMITE」ぐらい、カルト人気作になっても、公開されないのですから。この2作のサントラは、観れないことも手伝ってか、共に愛聴盤になってしまった。かなり先日に書いた「MY ARCHITECT」なんかも、その部類に入る。今日は、これはスレスレ、メジャーだけれども「LORDS OF DOGTOWN」を聴く。70年代ロックには明るくない(というか、ロックに明るくない。というか、音楽全体に明るくない)ので、個々の曲は、ほぼおそらく初めて出会う曲ばかりだが、70年代の通をうならせる曲のようではある。例えば、このサントラに入っていてかっこよかったから、とテッド・ヌージェントをいろいろ聴いてみたくなるかといえば、生来がものぐさなので、そこまでは思い当たらない。でも、なんとなく、雰囲気がつかめて、楽しい。アメリカン・インディーズのサントラの多くは、ナイーヴなロックのコンパイルものであるが、それらの曲のトータルとして浮かんでくる、まだ観ぬ映画のぼんやりとしたイメージは、それなりに感動的だし、興奮もする。しかし、今の日本は、映画ファンにとっては、厳しい状況にあるのだよなあ。いっぱい劇場はあるはずなのに、この枯渇感は、なんだ!!と思ってしまう。愚痴、すみません。

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2005年5月29日 (日)

ソラリスのサントラ

ソダーバーグ版の方の『ソラリス』のサントラを無性に聴きたくなって、聴く。このサントラ、好きな人、わたしの周りにも結構多いですが、このほとんど無音階サウンド空間の世界。少し前だと、タンジェリン・ドリームが、そのテのサントラをお得意としていたのですが、(ところで、タンジェリン・ドリームって名の女優さん、いるんですね。IMDBで出てきてびっくりしました)、タンジェリンだと私は「WAVELENGTH」が最高傑作と思います。さて、それはさておき、そんなサウンドをクリフ・マルチネスが作っている『ソラリス』。あらためて聴くと、本当に、全編そのサウンド一貫してます。マルチネスのこの手のサウンドは『トラフィック』でビビと来ましたが、これと、『NARC』、炸裂しましたね。よかったなぁ、ナーク。ただし、最近は、トーマス・ニューマンといい、マイケル・ダンナといい、同類な感じのサウンドをトレードマークにする作曲家は増えてきているので、ユニークさは薄らいできてしまっていますが、こういう、動かない音、好きです。特に、どハデな音(ロン・グッドウィンとかゴールドスミスとか)聴いたあとに、聴くと、効きますね。・・・・しかし、ほんとにすごいな『ソラリス』のサントラ。

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2005年5月28日 (土)

今、アルフィーがリメイクされること

いわゆるリメイクものには、全て、同じ命題がつきまとうと思いますが、オリジナルのテイストを保てば保つほど、時代からは浮いてしまう、そしてその浮き加減をあえて個性として出すか否か、ということ。60年代のモテ男の告白ぶりは、今だったら、女性に置き換えたら面白かった(別に過去形にしなくても、今から作ってもいいんだけれど)のでは、なんて思ってしまう。『アルフィー』はいわば逆『ナック』。『アルフィー』を観て思うのは、このストーリーの不思議さで、起承転結ではなく、ただひたすらラストに向かって転げ落ちていく話のように見えることだ。何を称して「ハッピーエンド」というか、でまた解釈は違うが、このストーリーはおそらく「ハッピーエンド」ではないし、悲劇かどうかもわからない。主人公には、感情移入しないでしょ、というスタンスで来るので、むしろハードボイルドともいえる。音楽は、優しく諭しながらさようなら、という感じのバート・バカラック曲の主題歌(60年代)と、ちょっと男側の情けないもがきを歌っているかのようなミック・ジャガーの今版の主題歌。とにかく、なんとも言いがたい映画だった。何が、とは「面白かったか、面白くなかったか」ということである。ストーリーのほころびは、気にはならないが、何かもどかしい感じである。やはり60年代だから、あの醒め具合も面白いが、2004(5)年だと、言われなくても、みんな醒めてるよ、ということなのだろうかなぁ。

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2005年5月27日 (金)

ハッカビーズ

これは、公開しないだろう、と思ってました。公開されるんですねぇ。その『ハッカビーズ』。きっかけは、デヴィッド・O・ラッセルとジョン・ブライオン。どちらかの映画であるだけで、もう観たいので、ひとつぶで2度おいしい。しかし、ポール・トーマス・アンダーソン、ウェス・アンダーソン、スパイク・ジョーンズといった仲間と同じ香りをやはり強く放っている。はじめから、何か常識はずれの設定から、先の読めない会話の連続、そしてラスト近くになると、新しいソウルメイトたちとの出会い。プチ「マグノリア」というか、ウェス・アンダーソンものとストーリーテリングは近いというか。この流れは、言わば21世紀はじめ版のアメリカン・ニュー・シネマみたいなものじゃないでしょうか。何かよく分からないけれど、そのまま作る。それにしても、30代の監督は、ユートピアさがし、ですね、みなさん。それにしても、かわいいユートピアさがしには、ジョン・ブライオンのシャイなサウンドがよく似合う。

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2005年5月25日 (水)

バタフライ・エフェクト

観たい観たいと思いつつ、ようやく見ることが出来た『バタフライ・エフェクト』。前作『デッド・コースター』も評判がよかった脚本・監督チームの作品で、アメリカで異常にうけていたので、面白くないはずがない、とは思っていた。いやあ、面白かった。まず、説明しないのがすごいですね、ああいう異常設定を。映画館(シネマミラノ)満員でしたが、中には、よくわからないまま終わってしまった、風な顔で後にしているカップルもいた模様。・・・というか、ファンタ・ホラー風だが、基本的には、ラブストーリーであり青春ものであり、ホラーやサスペンス濃度は、通常の度合いで考えると、それほど多くないのである。他のどのドラマよりも「今、サスペンスフルな瞬間」であることが、主人公以外には、どう考えても理解不能な状況なのがすごいですね。また、これは前日の『50回目のファースト・キス』同様、堂々巡りのストーリーになりかねない(こちらは、結構、そうなってしまっていた)が、それを無難に切り抜ける、というか。よくなるはずが、最悪の展開にまたなってしまうところは、フランス映画『シリアル・ラヴァー』を思い出したり。何より、ひとつの映画で、超多様なキャラクターを演じることになったアシュトン・カッチャーはじめ若手俳優たちに、これはアンサンブル演技賞ですね。また、ラストにオアシスをかけて、クローネンバーグがとってもおかしくない映画というよりは、ダニー・ボイルがとってもおかしくない映画の方にシフトさせようとしているのも正解でしょう。タイムトラベルもののお約束につながる話だが、この話は、過去をいじる、というよりは、無数の自分自身の運命の間を行き来する若者の話、ととった方がいいのでしょう。変えた後の世界に入った主人公に登場人物たちが決まって言ったセリフ「あなた、ここ数日変わったわね」にそれは現れている。彼が世界をいじる前から、その世界も存在していたということになるセリフなのだから。・・・・ところで、一瞬、夢オチか、と思わせる展開になってヒヤヒヤしました。「ええっ、これも夢オチかい! それだったら、何が起こってもOKなわけだ」になってしまうわけで・・・・そうにはならなかったのでホッとしました。・・・・観てない人のネタバレにはなってないですよね???

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50回目のファースト・キス

これは、映画のタイトルです。アダム・サンドラーとドリュー・バリモアの新作。といっても、アメリカでは、かなり前に公開されているので、日本では、やっとか、という感じ。「1日で記憶を失ってしまう女性」という設定は、いつもなら、サスペンスものでよく使われる設定だが、ラブ・コメディで使われることは珍しいと思う。また、サンドラー映画は、独特のマッタリ感が好きなのだが、少々の脚本の大雑把さをそれで今までカバーしていた感があった。だが、今回のは、脚本自体がアイデアに富んでいる。むしろ、サンドラーがそれにのっとっていくので、いつものサンドラー映画よりは、普通にテンポがよい。「昨日のことを忘れてしまう女性に声をかける」ことの繰り返しであるストーリーは、一見進展がないが、これを進展させるためにはどうするか、というところにちゃんと登場人物たちが進んでいくのが、脳天気コメディとは一線を画す賢さ。異常な設定をサスペンスでもファンタジーでもなくゲーム的にしてしまう発想は、今までになかったもの。ラストも粋。普通のラブストーリーには飽きた、という方におすすめ、って、ラブストーリーを普通、なんていうと、ラブしている人々に失礼。

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2005年5月24日 (火)

ガブリエル・ヤーレ

あまり語られないので、語っておくコンポーザー・シリーーーズ。ガブリエル・ヤーレ(ヤレド)。平均値でいうと、今、全映画音楽作曲家の中で、もっとも美しいスコアを書く人だろうと思っている人は多いと思う。作品数は少なくはないのだけれど、作品としての評価も高い作品になかなか参加しておらず、あれ、といえば、この音楽、というところのものをなかなかもたない人である。最も知られているメロディといえば『ベティ・ブルー』でしょう。さて、そんな中でも、知る人ぞ知る的にこの人のベストワン、ツーといわれているのが『オータム・イン・ニューヨーク』と『メッセージ・イン・ア・ボトル』である。これも先例に洩れず、映画作品としての評価は、むしろ低い部類の作品のため、埋もれてしまいがちである。今、『オータム・イン・ニューヨーク』を聴いているのですが、このハープとストリングスのコラボの美しさはどうでしょう。ヤレドのメロディは、ぼんやりと霧のように美しく、幻想的である。しかも、このサントラでは、かなり幾種類ものメロディを用意している。メロディの聴き心地は、モリコーネでいえば『バタフライ』の、あのせつなさとエロさに似ている。でも、ヤレドの音は、澄んでいる。そう、『ビリティス』がもしリメイクされるとしたら、音楽は今だったら、ヤレドしかいないんじゃないでしょうか。

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2005年5月23日 (月)

ピッチオーニの誘惑

土曜日がすぎて、ロードショーものもちょっと入れ替わって、・・・・・でも、やっぱり、観ている映画がほとんどないというか皆無!! ヤバすぎる!! が、そういうことなので、またCDの話します。エル・レーベルから出た「SEDUCTION OF PIERO PICCIONI」、ピエロ・ピッチオーニの誘惑。ピッチオーニの音って、同年代イタリア作曲家の中では、最もおしゃれだと思います。もちろん、硬派な時もあるんですが、軟派な時の音の話。エル・レーベルといえば、80年代から90年代にかけて、ナイーヴ&ドリーミーなポップスを多く出していて、ルイ・フィリップとか、なんか「夢見る少年」度100%なレーベルのイメージがあったんですが、そんな連中が、10年後聴きたい音楽が、イタリアン・サントラだったということですかね。・・・・そうだとしたら、これまたおしゃれじゃないですか。このオムニバスに入った曲は、いずれも、イタリアで一度はCD化されているものと思いますが、ガチガチのピッチオーニ全部集めてます系のファンじゃなくて、前述の「元、夢見る少年」が落ち着いたときに聴く音楽としてセレクトされたと思いましょう。ジャケットもソフィア・ローレンでおしゃれだし。そういえば、自分がピッチオーニを初めて知ったのは何だっただろうか、やっぱり『流されて』かなぁ。当時は、この人の担当作品なんて、ほぼ日本公開されてなかったからなぁ(今もだけれど。昔は、日本未公開映画のサントラを聴く習慣がないからなぁ)。

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2005年5月22日 (日)

マヌエルと、山々からの彼の音楽

MANUEL AND HIS MUSIC FROM THE MOUNTAINという、60年代に活躍したイージーリスニング楽団があります。つまりマヌエルさんのオーケストラですが、この楽団のCDがほんと、出ない。超有名なはずなのに、CDがほぼ皆無に出ていないアーティストは私のフェイバリットであるところのスティーヴン・シュラックスとか(過去に出ているんだけれど、ことごとく廃盤)、この方も出ていたのだけれど、昔出ていたのはゴソッと廃盤のウェルナー・ミューラー、そして過去にもリリースされている話を聞かないノーマン・キャンドラー、などなど。さて、そのマヌエル氏の編集盤が久々にDISKYから2枚組で出ました。すがすがしい!!!! この楽団の魅力は、西洋のポピュラー名曲を、ほんのりフォルクローレな味付けで聞かせることで「サンライズ・サンセット」であろうが「愛のテーマ」であろうが、さわやかな高原の風と化す。夜を朝化するという、すごいイージーリスニングです。それにしても、既成曲を独特のアレンジで聴かせることによって地位を確立していたイージーリスニング。この音楽スタンスは、現代の新しいアーティストには、なくなってしまいましたよね・・・・・・

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2005年5月21日 (土)

ピエール・ポルトのような光宗信吉

現在、アニメ音楽を中心に活躍(大活躍)しているコンポーザーの中で、すでにファンもそのスジでは多い、光宗信吉氏ですが、そろそろ書いておこうと思い、書きます。おそらく『少女革命ウテナ』と『フリクリ』で名声は確立した方ですが、どうしても、イージーリスニング系が好きなわたしは、光宗サウンドの中で、その濃度が最も高い『ちっちゃな雪使いシュガー』(2001)を最高傑作と思ってます。初期の西村由紀江さんとも仕事を多くしていた経歴もうなずける、初期西村サウンドのノスタルジアを十分に思い出させる少し悲しげながら、明るくふるまうメロディ。『ウテナ』『フリクリ』でも、メロディを聴かせるサウンドの時の完成度は半端じゃなく、最近の『ローゼンメイデン』『魔法先生ネギま』のスコアでも、バラード、ワルツ、ボサノバといったイージー寄りのサウンドになった時の隙のなさは職人芸でした。まだサントラの出ていない『スピードグラファー』は、どうもアッパーなリズム系のもの中心と思われるが、新境地なところを聴けるかもしれないため、盤が出るのを期待。「シュガー」の主要曲なんて、もうほとんど、ピエール・ポルトあたりのフレンチ・イージーリスニングを聴いている心地で、さながら「アニメ音楽界の音の印象派」です。アニメ音楽ファンというより、ヨーロッパ系のサントラ・ファンに聴いてみていただきたい作品を残しているコンポーザーです。

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2005年5月20日 (金)

パビリオンの中でたたずむ

3日間留守、というのは、愛知万博が理由だったのですが、もう、ほとんどのパビリオン2回以上入っていたりしますが、ここで「ずっと中でたたずんでいたいパビリオン」3つ。まずは、ダントツで、イタリア館!!!!! あそこは、入ったら、出るのが惜しすぎる!! たたずみたい理由のひとつに、パビリオン内の音響効果だということに気づいた。イタリア以外には、北のオアシス(スカンジナビア館)、そしてメキシコ館。こちらも外せないクロアチア館とオランダ館は、基本は映像を見せる部分なので、ちょっと別ジャンルなので。メキシコ館の音響は、パビリオンの真ん中あたりで、目をちょっとつむって音だけ感じていてしまいました。もう、何が展示してある、とかそんなどころじゃない、快適なおすすめパビリオンです。今回は、展示の説明もきっちり読みながら進んだのですけれどね。そういえば、ルーマニア館もおすすめですね。たたずむ系の変則として。パフォーマンスを見るためのベンチというか床というか。入れば入るほど、国内館より外国館の方が病みつきになってきました。次の来博は、来月予定。

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2005年5月17日 (火)

深夜アニメ世代のオムニバス

ちょっと、明日から3日間、留守させていただきます・・・・・ということで、今日は、入手しながら、ちゃんとやっと通して聴いた、ビクターの90年代以降アニメの主題歌オムニバス2つ「アニメわん」と「アニメわんわん」。このオムニバスの革新的なところは、まず、完璧なまでのスタッフ主義である。裏ジャケットに作詞・作曲者がしっかり載っており、ジャケットの中は潔いまでに資料性に徹したデータの完備である。そして、これがラウンジ/J-POP系のアルバム的シンプルなデザインで作られている。何しろ、ここに登場する作品の多くはNHK-BSかテレビ東京の深夜枠で放映されたもので、この世界??に慣れていない人は、その世界への触れ方も難しいように見える。実は、わたしも、最近、このあたりをしっかり聴こうと思った人だから、タイトルだけは知っていたが「おお、こんな音楽が流れていたのか」と今さら感動するものばかりである。また、これを聴いて思うのは、半数以上が、文学的ロマンチシズムを夢見るものが多く、いわば、そういったいい意味での「一日からの逃避的休息」として、深夜アニメは生きてきたのだろうか、ということで。なかなか、まだまだひとことではいえませんな。ひとつだけ。このデータ的楽しみ方は、クラシック、映画音楽、そしてジャズの楽しみ方と通ずるものがある。と思う。

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2005年5月16日 (月)

プライド 栄光への絆

ここのところ、ちょっと本当にメジャーな映画をみていないなぁ、と思いつつ、何か、メジャーものについても書いてみようと思い、調べたら・・・・今、上映中のもの、ほとんど見てません!!これはヤバイ!! そんな中で、見ていた映画「FRIDAY NIGHT LIGHTS」。スポーツ・チームを町上げて応援しているという、この物語。実話、ということだが、実話かどうかよりも、そういう「設定」がまず面白かった。実話にも「設定」は必要で、単に「すごくいい話」では映画化までされない。実話、ということを宣伝文句にするのは好きじゃないんですが。知ってる人は知ってる、でいいじゃないですか。で、確かに、移動カメラなどを多用して、なおかつ、かなり、あえて感情移入せず、そして音楽も(仕掛け人は『ヴァージン・スーサイズ』の音楽を仕掛けた人間と同一人物)エクスプロージョン・イン・ザ・スカイなるギター・バンドがマーク・ノップラーよろしく、夜空に届くようなノスタルジックなギター・インストをひたすら聴かせる、というひとつの方向にベタにドラマが絞られる感じではなく、あくまで全体像である。しかし、すこし前のラストの話じゃないですが、(こういうのも、書いたらネタバレなんですかね、やめておきます)ラストに、とある事実を観客に知らせ、それでググッと感動が盛り上がる感じなのです。いや、これは憎かったですね。ぼんやりとしか書きませんが、つまりは、人の人生は、常に続いているわけだから、そのどの頃にスポットをあてるドラマにするかで、ドラマの意味合いが違ってくるわけですね。でも、あのアイデアは、本当に、憎かった!!!もちろん、いい意味で。チョーいい意味で。

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2005年5月15日 (日)

オルトラーニとかトロバヨーリとか

ほんと、中途半端な鉄道ファン(といっても路線ファンであって、車両ファンではない)である私は、今頃『鉄道乗りつくしの旅』のダイジェストの、しかも5が深夜にオンエアされているのに気づく。4回も見逃している! しかも、BSには入っていない!  そして、なんと、関口知宏氏がピアノで弾いているのは、かの『バラキ 愛のテーマ』!!!!!シブすぎる!!! バラキといえばリズ・オルトラーニ。オルトラーニといえば、バラキよりも、個人的には『戦争と友情』。激しくCD化希望!! これも、学生時代、梅田ピカデリー2だかでロードショーで観て、これが一週間で終わって、次の週は『世界崩壊の序曲』がロードショー5日間で終わっていたなぁ、と思い出す。なかなか、なぜかCD化されないイタリアン・サントラ名盤で書いておきたいのは、もうひとつ、アルマンド・トロバヨーリの『ビッグマグナム77』で、結構いろんなオムニバスに入っているグルーヴィな曲じゃなくて、確か、メインタイトル/エンドタイトルだった、サックスの切ない曲(LPには収録されている)がいいんですよね。ちょっと今日は70年代の方のイタリアものでした。といいながら、今、聴いているのはジョー・スタッフォードの『オータム・イン・ニューヨーク』。中でも「イン・ザ・スティル・オブ・ザ・ナイト」、最高ですね。

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2005年5月14日 (土)

LA FINESTRA DI FRONTE

実は、毎月11日ぐらいから3日間ほど、いつも殺人的なスケジュールになるため、(まさに、今、そう)それにプラス臨時の急用バカスカ入りまして、更新は、しばらく、簡単に。昨日の『ローカル・ヒーロー』も、あまり書けませんでしたが、今日も、好きなサントラについてサラと。『LA FINESTRA DI FRONTE』、昨年のイタリア映画祭上映を見逃して悔しい一本、のサントラ、私が今イタリアのコンポーザーで一番気になっているアンドレア・グエッラのおそらく、最高傑作。テーマの音響系的な処理に乗るベタなメロドラマ的メロディ。このインテリさとベタさの入り混じるところがこの人の特徴で、聴ける機会があれば、ぜひ。

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2005年5月13日 (金)

ローカルヒーロー

今日は、ちょっと自分にとっての名盤を。『ローカル・ヒーロー』サウンドトラック、音楽マーク・ノップラー。ノスタルジア100%の世界です。公開は自分が学生時代に1週間ぐらいしか確かしていなくて、三越劇場に観にいった記憶が・・・映画もですが、やはり音楽です。最近、この音色を思い出したのが、『プライド 栄光への絆』という邦題になった「FRIDAY NIGHT LIGHTS」。あの、エコーかかりまくりのギター・サウンド。安らぎとともに、ちょっとキュンと来るんですよね。

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2005年5月11日 (水)

ハイド・アンド・シーク

知ーらない町で映画を観たーい。ということで、昨日に引き続き、ニュータウンづいて、今日は港北ニュータウン(横浜地下鉄「センター南」駅すぐあたり)のシネコンで『ハイド・アンド・シーク』を観る。駅前にいきなり、なんか用途が不明ながら、立体的な公園?があり、これがまず圧巻。しかも、地元らしき少年たちがキャッチボールとかしていて、まさに絵に描いたようなニュータウン的光景。そして、ショッピング街のデザインなどにも、感動しつつ、シネコンへ。さて『ハイド・アンド・シーク』。このジャンルの映画は、どこまで話していいのかが難しいのが、もっとも悩むところです。例えば『サイコ』なら、もう真犯人までばらしながら語れるでしょうが、『シックスセンス』はどこまで言えるのか、もしくは「どんでん返し」がある、ということさえ、本当はばらさないのが、もっとちゃんと物語を楽しむ姿勢を保てるのではないか、と思うのですが。でないと、ラストを気にして、物語の全体像を見なくなってしまうのではないか、と思えるからで。なので、特に今回も、ラストがどう、とかは考えないことにした。この感じのドラマ構成は、特に最近、あの映画でもこの映画でも使われているもので、それこそ、その原点が『サイコ』????という感じ。気になったのが、音楽がほとんど使われないシンプルなことで、前半などは、なので一見この物語は人間ドラマ的に進むのか、どう進むのかが不明な感触。しかも、脇の女優までファムケ・ヤンセン、エリザベス・シュー、エイミー・アーヴィングといった豪華メンツなので、このドラマがどう転んでいっても、それはそれなりにわかる、それが果たして罠といえば罠か。といいながら、音楽ジョン・オットマン、この人、なんか70年代テイストがあるので、これまた『ローズマリーの赤ちゃん』と『ポルターガイスト』を思わせるテーマに、サスペンス・シーンは、またしてもゴールドスミスを思わせる歯切れ。・・・・それにしても、ダコタのゴスロリ・ファッションが観れるとは思いませんでした。

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多摩モノレール

以前から気になっていた「多摩モノレール」を全乗する。映画ではありません。路線です。話によると、建築に20年弱かけていた(現在も、志なかばで中断しているのではないか、という説)と思われる、東京の西の森を切り開いた近代都市。いやあ、半端じゃない!!!!! 新百合ヶ丘から、多摩ニュータウンに向けての支線に入ったところから、すでに、万博並みのオーラが。そして、多摩センター駅。つまり、多摩ニュータウンの中心地ですが、ものすごい別世界!!! だから、ここへの来訪をおすすめという話題では決してないのですが、映画どころじゃないことは確かの感動。しかも、今ではありえない都市計画なのは、一目瞭然。ここから、約45分間、西武球場手前で終点となるモノレールに乗る。・・・・なんでしょうね。昨日のハバナと今日の多摩のこの、ふり幅の大きな違いは。とにかく、一度、自身で足を踏み入れた価値は大きい、未来都市のレトロ・フューチャー的な空間、多摩ニュータウンは、感動を与えてくれたのでした。

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2005年5月10日 (火)

永遠のハバナ

『永遠のハバナ』鑑賞。かなり前から見たかったのですが、ようやく。しかし、想像した物とはまったく違い、自分のイマジネーションの貧困さを反省。というのも、これ、映画として、ものすごい映画です。てっきり、キューバの庶民を暖かくとらえたドキュメントか、と思っていたら、そんな、簡単なものではありません。全く、何の説明もなしに、ハバナのさまざまな人間たちの日常を朝から夜の一日にまとめて捉えていくのですが、何しろ、本当に、説明一切なし、しかも、これは映画の文法としてのテクニックでしょう、歌以外の会話が発せられるところがほとんどないのです。なので、感覚で観るしかない。とすると、これが、奇跡的に美しい映像の数々であることがわかってくる。また、生活音も、例えようもなく美しく聴こえてくる。そんな感覚のごちそうで感動させて90分終わった後で・・・・という映画。中で流れる音楽も、決してサルサとかマンボとかじゃなくて、アンビエント音楽中心。キューバ、といったら固定観念がある人は逆に必見でしょう。それにしても、ドキュメントで、あんな方法があるのだな、と感心しました。撮っている物の説明をあえてしないのですからね。でも、一回全部見終わったら、もう一度見たくなる映画です(わたしはこの映画の宣伝マンではありません)。しかし、最近、結構、いろいろと感動するなぁ。今現在のBGMは岡崎律子「LOVE & LIFE」で書いております・・・・・

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2005年5月 8日 (日)

グランポポ・フットボール・クラブ

少し前に大阪・日本橋の中古CDショップめぐりの時に確かゲットした「グランポポ・フットボール・クラブ」を聴く。2000年のリリースなので、今では生産中止かも。いわゆるフレンチ・クラブもので、なぜ、その中でも、これに触手が向いたかというと、かのニコラ・エレラのユニットだからで、だんだん、エレラのコンプリートを目指すかのようになってきました。思えば、女性ヴォーカルをフィーチャーして、浮遊感のあるエレクトロ・ポップ(ものすごいポップ)を作っていた2 sourceというユニットがあり、このサウンドを愛聴していたのです(といいながら、今、そのCDは山に埋もれて見つからない・・・・・)。十年ぐらい前ですかね。DJ CAMあたりも、まだニューフェイスな頃で、あの頃はフレンチ・ポップやイタリアン・ポップの新しどころを片っ端から聴いたなぁ(また、いっぱい出ていたなぁ)と懐かしい。で、その頃の名残を引きずるグランポポの音は、ダフト・パンクやケミカル・ブラザーズとたとえば比べてどうかというと、確かに、よりラウンジ寄りではある。だが、決してイージーリスニングではない。で、こういう音楽を「ルーツ」にもつ人が、大人?になって『パピヨンの贈りもの』とか作るわけである。クラブ系あがり?の映画音楽コンポーザーは、フランスでもエリック・ヌヴー、そしてもっと有名どころではデヴィッド・ホルムズなどがいますが、サントラどっぷりな感じになってきている濃度が濃いのはエレラ氏と思います。ここらで本人のリード・アルバム(女優さんをヴォーカルにゲストで迎えたりして、ね)とか聴いてみたいところです。そういえば、このアルバムのもともとの権利を持ってたENKAって、エンキ・ビラルの『ティコ・ムーン』のサントラの権利とかも持ってたところですね。

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MY ARCHITECT:A SON'S JOURNEY

音楽にしても、何にしても、理由もなく、ひきつけられて手にとるものがある。未だ日本では公開予定がなく、しかし、サントラが強烈に印象深い作品がある。『MY ARCHITECT』。偉大な建築家であり、父であったルイス・カーンの仕事を追って、息子ナサニエル・カーンが旅をする記録映画。らしい。サントラはコモーション・レーベルという、『コード46』や『ホテル・ルワンダ』や最近だと(カーディガンズのニーナの彼氏としての方が有名になってしまっている)ネイサン・ラーソンの作品集などを出している、ビジョンのあるインディーズ・レーベルからのリリースで、それだけに、芯にあるものをさらに感じてしまう。ピアノやストリングスで悲しげな旋律から、楽しげなものまで。しかし、楽しげなメロディは奏でられれば奏でられるほど、奥にある悲しみを想像してしまう。音楽は、ジョセフ・ヴィタレッリという人。その昔、ニック・カサベテスの『シーズ・ソー・ラブリー』の音楽などもやっていた結構、職人系の人。ラストは、ワルツで終わったりして、嫌味ではない、インテリ香が漂いまくる。これを聴いたあと、新居昭乃を聴くか、ヘルベルト・レーバインを聴くか、少し迷う。そして、例のリニア・アクアヴィットをもうびんから飲んでしまう。

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2005年5月 7日 (土)

カテリーナ・ヴァレンテ

全くもって、タイムリーでもなんでもない話題。今、CDの山(本当に山状態)からカテリーナ・ヴァレンテの『IN SWINGTIME』を取り出し、久々に聴いております。昨年、イギリスのイージーもの復刻レーベルとしても人気だったヴォカリオンからのリリース。もともとはEASTWESTドイツからのライセンス。前半「IN SWINGTIME」がジョニー・キーティング、後半「LOVE」がウェルナー・ミューラーといった、私が好きなアレンジャーと組んでいる作品のため、点数も甘い。ヴァレンテさんの歌声は、イージー・シーンにあっても、ソフトではなく、かなりはつらつとした歌いっぷりで、日本で人気のブロッサム・ディアリー(まあ、あの人は特別ですけれども)あたりとは対極?を成す。キーティング氏の超メリハリあるかっこいいアレンジが好きで、イージー・ジャズなアルバムなのに、ロックのようなかっこよさを感じさせるところがすばらしい。後半のミューラー・アレンジの「LOVE」は、おそらく、年下の夫ロイ・バッド!!!!!!とラブラブだったころで、楽しくストリングスと戯れる感じ。今度、愛知に行くときに、新幹線の中で一枚まるまる聴いてみよう。(ちなみに、4月の愛知行きの時は、トニー・ハッチの「ハッチボックス」6CD組を聴いていたので、まあ路線は同じなのですが。そういえば、(もちろんヘッドホンで聴いているのですが)ニコラ・コンテ聴いていたときに「うるさい」と言われたなぁ・・・・

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2005年5月 6日 (金)

クロアチア館

まだ書いていなかった、愛知万博。4月初旬に2日間で、50館近く入りましたが、その中でも、感動して2回入ったのが、クロアチア館!! しかし、ほとんど並ばずに観れたのは、この国自体に日本人の方々は馴染みがないからか。昔のユーゴ・スラヴィアがスロベニアとクロアチアとボスニア・ヘルツェゴビナとセルビア・モンテネグロの4つの国に分かれて、そのうちのひとつの国。海外のパビリオンのうち、映像で見せようとしているところも何箇所かあるのですが、このクロアチア館が、2階から1階の床をスクリーンにして写される映像を見るという、かなり現代美術風の醍醐味。この、床に写して、みんなして見るという感じは、オランダ館も、そんな感じなのですが、クロアチアの方が大掛かりで、意外性のある見世物でした。おすすめです。そういえば、4月当時では、アンデス館が開館していなかったのですが、もう開いているのだろうか・・・・

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2005年5月 4日 (水)

イタリア映画祭最終日ッ!

イタリア映画祭、自分にとっては2日目で、最終日。ちょっと待ち時間がゴチャゴチャするのを知ったので、近くで何か書物を・・・と思い、「鉄道・珍・名所三十六景関東編」を。結局、こういうのを手にとってしまうんですよね・・・で、小田急に乗っていくと、最後にある「箱根登山鉄道」、ここ、激しく乗りたい!!!!! これは近日中に旅だな、また・・・・・なんて考えつつ、本日2本。ともに、ドラマ性強い作品で『私をここから連れ出して』『いつか来た道』。前者は、すごいのは、どう見ても家族崩壊必至のドラマが、そうならないことで、一見作品の核ではないけれど、美人の奥さんに対して、どうしても優しくしてしまうダンナがリアル。一見、主人公の少年少女の部分の描き方は幻想すぎるが、娯楽映画たるためにはこうなるのかな。しかし、ポスターは、その美人の奥さんヴァレリア・ゴリノのドアップの写真。イタリアでは、社会派風じゃなくて、昼メロ風に売ろうとしたのかな(なんて、これ、一体どういう映画なのか、わかりませんね)。音楽、というかテーマ作曲がアンドレア・グエッラ。美しいシンセとストリングスのメロディとも反メロディともつかぬ雰囲気のインストがすごく個性的で「オオッ」と思ったら、やっぱりグエッラでした。この人、もう、この人がテーマ音楽です、というのが売りになっている人なのですね。そして、日本では、すでに公開されていて、再上映となるジャンニ・アメリオ監督の『いつか来た道』。かなり、大作っぽいオーラを放ち、カタルシスはありましたが、124分!! いい意味で3時間50分ぐらい実はあった映画なのかと思った。ちょうど、テレンス・マリックの『地獄の逃避行』が、3時間ぐらいの映画を観た満足感のあと、時計を見ると、90分ぐらいだったのがわかる、あの感じ。ただ、これは面白くない、という意味ではなく、一瞬一瞬の情報量がすごく濃いのだと思う。しかも、明快に。しかし、この映画、日本公開された時の記憶がなく、やはり、こういう映画はひっそりと終わってしまうのか、そうなのか・・・・と。しかし、考えてみれば、カンヌ取ったからとはいえ、ナンニ・モレッティの映画(『息子の部屋』)がチェーン公開されたりするんだものなあ。状況は、進化しているのかな・・・

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2005年5月 3日 (火)

イタリア映画祭ッ!

ノルウェーの「リニア」という酒を飲みながら(ストレート。面倒なので・・・)、書いております。世界中?の酒買うくせに、すぐ飲みきってしまうので、全くコレクションにはなりません。さて、イタリア映画祭、2年ぶりに行ってきました。昨年は、知らないうちに終わっており、上映されているのを知ってれば何が何でも見たかったオズペテクの「FINESTRA DI FRONTE」を見逃し、今年は、そのリベンジともいうべく(といいながら、メチャ観たかった4作品はすべてスケジュール的にアウト)、本日2本。超満員じゃないですか! 『スリー・ステップ・ダンス』、なんか、昔のタヴィアーニの『カオス・シチリア物語』(ヴィヴァンで見たなぁ)を少し思い出させつつも、かわいらしい出来の作品。オムニバスだが、一人の監督。スタッフはエピソードによってバラバラ。少年たちが主人公で、唯一、ドラマというよりドキュメント・タッチな始めのエピソードの映像が異常に美しい。撮影者の中に名匠レナート・ベルタがいましたが、おそらく、あのエピソードではないか、と思う。白と青の対比。ちょっとくすんだ色使いが、かなり渋い。そして、もう一本『愛の果てへの旅』。こんなの、普通に公開して、バンバン観客入りそうなぐらいに、スタイリッシュで独創的で、娯楽作品で、アート。悲劇と喜劇のバランスがすごい。間のとり方といい、感覚(フィラ・ブラジリアやグラン・ポポといったエレクトロ/テクノ系の音源を使いまくる音楽ほか)新しさといい、「これは面白い!」といったところで、薦めても薦められた人が観にいくことが出来ない一回きりの上映スタイルを悲しむ。しかし、こんな映画がいっぱい、映画祭だけで終わってしまうなんて、"とある国"の作品のものすごい公開ラッシュを眺めつつ、本当に、映画の国籍によって公開待遇が違いすぎる、と心の中でつぶやく・・・・

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2005年5月 2日 (月)

イージーリスニングの気分

イージーリスニングというジャンル名は、いつもすごいと思います。「聴きやすい」。まあ、音楽をキチンと聴いたことのない人にも優しい、そんな音楽でとにかく優しい。一番初めに買ったLPが(中学生の頃)ポール・モーリアで、その頃の愛聴番組がすでに「ジェット・ストリーム」だったという早熟(老けすぎ??)な人間のため、個人的には、映画音楽よりも、身近なジャンルかもしれない。しかし、自分的には一番好きなスティーヴン・シュラックスとか、現在CD入手できないんですよね。ダニエル・センタクルツの「哀しみのソレアード」なんかもね・・・・で、今はそのジャンルの巨匠ネルソン・リドルが担当した、オードリー・ヘップバーンの『パリで一緒に』のサントラを聴いている。これは、サントラというよりも、かなりイージーそのもので、パーシー・フェイスの『オスカー』と位置的には同じようなものである。華やかさはほどほどで、上品なロマンティックさの方が立っていて、聴いていて疲れが取れる・・・・へなへなへなへな・・・・・イージーもので疲れ取れまくりは、ジョニー・ピアソンのものや、ヘルベルト・レーバイン、そしてパーシー・フェイスだと「MUSIC FOR HER」。タイトルからしてとろけそうです。さっきから、ブラック・チョコ食べまくりで鼻血でそうです。

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ディア・フランキー

イギリスで新しい作曲家というと、メキメキという方は、なかなかそんなに何十人とは見当たらないのですが、数少ない注目の新鋭アレックス・へフスが音楽を担当した『ディア・フランキー』を観ました。正直、ものすごく真面目で地味な映画に見えていましたので、日本公開はないだろうとあきらめていただけに、日本公開決定は朗報です。ひとことでいうと、先述の『ココロ図書館』と同様、日常の中のかすかな幸せや奇跡を絶妙な間と映像で見せる作品で、そこにへフスならではの、ちょっとこだわりのメロディが静かに入り込んで、たまらん感じでした。なんだか、この映画、ちょっと映像きれいすぎ、と思いつつ、自分の中でのいい思い出も、本当はそんなことないはずなのに、妙に美しい映像を伴って記憶しているかな、と思い起こしたのでした。

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2005年5月 1日 (日)

やはりココロ図書館

つい最近知ったアニメのサントラで2001年に出ていた(よくぞ廃盤になっていなかった)『ココロ図書館』。今日は、愛知万博のクロアチア館について書こうと思いましたが、やっぱり、先に、これを書いておきます。音楽、保刈久明(盤の表には書いてない・・・・・)、この方、最近の『創聖のアクエリオン』を菅野さんと連名で担当していますが、つまりは菅野サントラの録音メンバーの常連らしい。新居昭乃のアルバムの編曲もほとんど手がけていたり、アクエリオンも、どうやら叙情的なサウンドの部分担当?のようなので、やはり、優しい系がフィールドの人なのだろうと解釈する。『ココロ図書館』は、サントラを先に知って、その後、レンタルで全13話を見た。こんなこと、めったにしないのですが、なにか、ネオ文学的?なものを感じたというか、ビターズエンド配給の日本映画的な香りと同じものを感じたというか。日常の些細なことだけで30分1話にし、かすかな奇跡が、なぜ起こったのかが全て解明されずに終わり、ちょっと種明かし的な話(そこだけ、主人公の親の話)が最終回の1回前にあったり、と、かなり、凝っている。この手?のものをあまり見慣れていないため、こういった展開は常識なのか、突出したものなのかがわからない(かといって、他のものを順番に見ていく気はほとんどない)。音楽は、わかりやすさギリギリの、かなり凝ったイージーリスニングと思う。不思議だったのが、アニメものにありがちな、主題歌がスコアとあまりにかけ離れることなのだが、これはそんなことが全くなくて、ものすごく寂しい中に元気を出したい感じが少しだけある、そんなメロディの主題歌で、スコアと違和感がない。主題歌を淡々と歌っていたのが山野裕子という人だが、この人がまた、この仕事以外、ほかに何をしているのかがわからない。いろいろとカルトになる要素は多く、当時、どうもファンからはその年の最高傑作にあげられていたのもわからないでもない気がする。脚本は黒田洋介で、この方、今、超超売れっ子で3本ぐらいレギュラーもってますよね(いつ書くんだ?それとも、書きためてあったストックの放映がたまたま重なっているのか?)。アニメ・サントラも深いな、と思います。

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