« 銀河ヒッチハイク・ガイドと炎のメモリアル | トップページ | はじめて書くこと »

2005年6月10日 (金)

西村由紀江初期のころとか

『電車男』のサントラは、本当に出来がいいと思う。特に、何かを聞かないといけないとき以外は、よく流している。その流れのルーツをたどると、個人的には、西村由紀江女史のデビュー当時のサウンドに行きつく。どうして、あの頃(自分が大学生か高校生ぐらいのころ)に、あのサウンドに自分が遭遇したのか、わからないのですが、おそらく、(これもなぜか)いろんなライブを急に観にいっていた頃で、そこで「いろんなジャンル」の中でたどり着いたのであろうと思われる。関西でのおそらく初コンサート(近鉄小劇場!!)。その頃あたりに、これも貸しCD屋初期の頃で、相当日本もの中心に借りまくっていた(ようするに、その頃以外は、ほとんどCDレンタルを使ったことがない)中で突き当たった中村由利子のサウンドにも重なる。西村(初期)/中村サウンドは、この後、長年に渡って愛聴することになりましたが、彼女たちのサウンドに共通するのは、「ノスタルジック」と「切なさ」がほぼ同義語的な雰囲気でメロディが存在することで、例えば、『電車男』であの感じのメロディが流れるのは、思うに、あのストーリーの頃がすでに懐かしい思い出になっていることを示し、かつ、まるで、今、このふたりの関係は消滅しているかのように思えてくる。意図してか、図らずもかは別として。ただ、映画の製作側と、主人公となった本人たちのその後は関係ないと思われるので、実際にその後どうなっているかはまた別の話で、「映画の世界」だけで閉じると、あれは「今は、このカップルはいない」という前提が無意識的にあるのでは、と思われるのだ。ノスタルジックさと切なさは、自分は好きな感情ではありますけれども、肯定されるべき題材の物語で、この感じは、考えると、戸惑うのでした。現在形として描いている音楽の映画を思い出そうとしているのですが、思い出したときに、また、この話題を。

|

« 銀河ヒッチハイク・ガイドと炎のメモリアル | トップページ | はじめて書くこと »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/92257/4490356

この記事へのトラックバック一覧です: 西村由紀江初期のころとか:

« 銀河ヒッチハイク・ガイドと炎のメモリアル | トップページ | はじめて書くこと »