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2005年8月 1日 (月)

サマータイムマシンブルース

この映画を製作しているROBOTの映画は、いつも永遠の少年たちが作っているさわやかさがある。本広監督の作風もおそらく、それが本領だろうが、そのストライクゾーンを中心に楽しませてくれる。とはいえ、いつも、物足りなさを感じていたのが、ストーリー/脚本の、あまりもの大らかさで、せっかくのあっけらかんとした大味な演出が、隙間を作ってしまう。ただ、自分が、せかせかと見たいからだけでもないと思う。そんな物足りなさを解消するのが、この作品である。とにかく、細かい設定がめまぐるしく変わる、というところがギャグの要なので、それがダイナミックな演出とギャップを作って、おかしさ倍増する。アイデアのひとつは、メインタイトルが映画開始15分後に出るという、まるでATG映画ばりの実験精神で、一見、それまでの設定が、何が何だかわからなかったものが、ストーリーが進むに連れ、映画自体を巻き戻して見たくなる衝動に駆らせる。ははーん、DVDで楽しむに最適っていう意味か。でも、ここで、DVDで、いちいち確認しながら見てしまうと、しらけるし、そういうことではないんですよね。よくよく考えると、この話は「タイムマシンで一日戻ってみた」というところから発する<辻褄あわせ>に奔走するだけ?のいわばゲーム・ストーリー。いわば『キューブ』と根っこは一緒か!? 日ごろからみんながタイムマシンもので<ツッコむ>ところも自分たちでツッコみつつ進行するし、クレバーなストーリーというかゲーム運びだな、と。ROBOTには、こういう物語が似合うのかな!?いや、これは本線ではないと思うけれど。

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