« 今はメロディの時代じゃないのだろう | トップページ | カプリコン1 »

2005年8月17日 (水)

メタリカ 真実の瞬間

ハードロックというジャンルは、自分のテリトリーではなかったので、そういう意味でも新鮮である。昔は、『レッド・ツェッペリン 狂熱のライブ』とかロードショーでかかっても興味を覚えなかったのだが、今は、自分が知らない分野のドキュメントなどは、非常に見たい。で、少し、製作時も噂は聞いていたは聞いていたのですが、日本で映画館で見れるとはさすがに思っていなかったので、これは感謝です。レイトショーながら満員でした。ほとんどが、そのテのTシャツ着たアンちゃんだったので、メタリカのことは結構知り尽くしているファンが大半でしょう。・・・・で、これは、「ひとつの共同体の信頼の危機に出くわしたときの対処について」の明らかなひとつの提示。それも、ペットを飼うだの、なんだのかんだの、のフィクションがとりそうなヤワなものでは当然なく、「大金払って、一流のセラピストを雇う」という、すごくある意味ビジネスライクなものだ。しかも、面白いのは、後半では、メンバーたちと、そのセラピストとの信頼関係、そしてドキュメント製作クルーとの関係にも言及する。つまりは、この「メタリカ再生プロジェクト」が、再生成功しないと、金銭的にも、エライことになるわけである。かなり、思い切ったギャンブルで、つまりは、そのギャンブルに勝ったからこそ、このドキュメンタリーは公開されているわけだし、すでにニューアルバムが世界中で大ヒットとなった既成事実があるので、その過程を見るわけですが。それにしてもマジである。こういうのをガンガン見せ付けられると、フィクションが提示するドラマの領域は、どんどん狭くなっていくだろうな、と感じる。それこそ、先日の『埋もれ木』のようなストーリーを超越したアートのような創造物の方にこそ、可能性があるのじゃないだろうか。というか、ここ最近の、見るべきフィクションは、『埋もれ木』的なエッセンスをどこかに持ったものなんじゃないだろうかな、とも。

|

« 今はメロディの時代じゃないのだろう | トップページ | カプリコン1 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/92257/5503989

この記事へのトラックバック一覧です: メタリカ 真実の瞬間:

« 今はメロディの時代じゃないのだろう | トップページ | カプリコン1 »