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2005年10月31日 (月)

あまりにも深いもの

いい映画を観た、その直後には「本年ナンバーワンだ!」と思うものの、その自分的”本年度ナンバーワン”がいっぱい実は出てきてしまって、同率首位がエラくいっぱいあるなぁ、という状況になるものですが、先日、ついに見た『マイ・アーキテクト』、これは、本当に、半端じゃなかった。映画を観たとかそういうことを超えての深い感動があった。何しろ、25年前に死んだ父の姿を、インタビューしてまわる”愛人との間に生まれた息子”(これが監督)の話(話というか、そういうルポルタージュである)。その父は、伝説的な建築家であり、その建築のアートぶりも、半端じゃない。30年以上前に、父の設計によって立てられた建築物は、時には”廃墟”っぽい雰囲気を漂わせている。「建築は常に50年先を見ている」と、登場する人の中で発言する方がいる。30年前に想像された50年先に生き延びる建築。ラストに、ものすごい構築物との出会い。監督をして、ここで意味深さを感じさせたほどの、これがすごい代物。ドキュメンタリーなのに、最後にどうなるのか、いわない方がいいと思わせる、すごい感動が待っている。この作品は、宿命的な人生をもって生まれた人間がたどる、距離と時間の旅であり、亡き父との対話にも近くなる。監督と父との家族関係をめぐる展開でも、なかなかフィクションではこうは書けない展開も用意される。ちょっと、見終わって、呆然として、自分は、ちっぽけな人間でしかないなぁ、と感じてしまう。大変なフィルムでありました。多分、これは、同率首位の作品は、ちょっと今後もでてこないでしょう、当分。というか、この作品自体、もう「映画」とは別世界にあると感じます。

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2005年10月27日 (木)

一見、実質15分の旅

今日の行動のそもそもの初めは、天気予報で、「晴れているのが、東北より北だけ」。そして、(この話は、以前に書いたかも)最近、ハマっているのが「新幹線の待合室で見る、NHKの天気予報、そしてその音楽(8秒ぐらいのヤツ)」で、まあ、これはモロ、その状態から愛知へ毎週行っていたから、の後遺症なのですが、なかなか11時54分に待合室にいることは少なく、大体、自宅で11時54分を迎える(今日もそう)。そして、それから「じゃあ、青空を見に東北に行こう」となり、時刻表を繰ると、せっかくだから、まだ体験してなかった「山形新幹線」(在来線を通る新幹線にはまだ乗ったことがなかったので、体験したかった)に向かおう、と思うも、新庄まで、今から向かうと、18:00過ぎ。真っ暗!それでは意味がない。陽が落ちる前に止まる駅まで、と思い、米沢行き。郡山あたりまで、まったく関東と同じ雲行きでドンヨリしており「これは、向こうも結局ドンヨリしているのかも」と思っていると、福島すぎてからの、とあるトンネルを抜けると、青空になっていた。米沢16:48分。急いで、青空と米沢駅のツーショット・フォトをデジカメで。われながら、青空フォトにこだわっている。しかし、米沢周辺は、バスに乗らないことには、駅前広場が続いているだけの状況だったので、どうしようかと思っていると、10分ちょっとで、すぐ真っ暗になってしまった。ほんっと、ぎりぎりセーフだったのだ。ここにいても仕方ない、と思い、真っ暗ながら、山形に足を延ばす。びっくりしました。山形駅周辺って、みなとみらいか、エアポート・ターミナルかというぐらいのスケールで近代化されている。駅の下に下りて、おしゃれなレストラン風の店(本日のパエリア、とか書いてあって、気をとられる)の様子を見ていたら、おしゃれな噴水池がそこにあったのに気づかず、靴ごと両足突っ込んでしまった。そういう状態だということはそ知らぬふりをしつつ、山形ならではの店を見つけられず、本日、まだ何も食していなかったので、それもどうか、と、結局ガストに入ってしまう。スタッフのお姉さんが、東北なまりを出していたので、それを聴くだけでも意味があった、と自分を納得させる。帰りは、3時間弱真っ暗なので、、その山形駅ビルの本屋さんで、眞鍋ブログ本を買って、新幹線内で読みふける。赤湯のあたり、なぜか、100万ドルといわずとも、20万ドルぐらい?の夜景が展開していた。なぜ、そんなに展開していたのだ。というか、東北新幹線の車窓、結構、夜景が展開していたところ、多かったので驚いた。東海道の方が、結構、夜は真っ暗かも。

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2005年10月26日 (水)

「うーん」とチェリーレッド

待望の『エリザベスタウン』鑑賞。あまり、期待しすぎてみると・・・うんぬんかんぬん。キャメロン・クロウの中には、映像化したいイメージが無数にあって、それが収拾つかない状態になっていたりするのかもしれない。結局、編集されたのは2時間強だが、「もっと、あのシーンを見ていたい!」のに、そのシーンはすばやく過ぎてしまう、というところが多いこと多いこと。いっそ『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・エリザベスタウン』じゃないけど、そのぐらいの長さにしてしまってもいいぐらい、父との思い出も、もっと具体化させてもいいぐらいだったのじゃないか、とさえ思える。こんな題材だが、テレビ・シリーズさえ、ありじゃないか、と思えるぐらい、観ている方にさえ、細部に行き渡った人間ドラマの深さが伝わってくる。なんか、1年かけてじっくり熟成させて5分ぶんのシーンを考えたぐらいのシーンの連発である。それは『あの頃ペニー・レインと』の時も感じたが、使われるロック・ナンバーについての膨大な知識についても、長年のキャリアならではのものを感じさせる。しかも、それが自然に出るところが、一夜漬け天才では無理なところだ。そういうことで、2時間に集約されてしまった『エリザベスタウン』が完璧かというと、そこがうーん。例えば『ミリオンズ』『フォー・ブラザーズ』『銀河ヒッチハイク・ガイド』といった、今年の下半期のマイ・ベストがちょうどよい尺数であるのに対し、『エリザベスタウン』のそれは短すぎることで、マイナスになっている。・・・・・・てなことを、アメリカではなく、イギリスのレーベル、チェリーレッドからリリースされたジョニー・マン・シンガーズのベストをとろけそうに聴きながら。今かかっているのは、トニー・ハッチ作の「コール・ミー」。そう、ここからスチュー・フィリップスのサーフものが出てるんですよね。

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2005年10月23日 (日)

アッシュ・アンド・スペンサー

アッシュ・アンド・スペンサー音楽の『STAY』サントラを聴く。いまや、あんまり、この単語を使うことは少なくなりましたが「環境音楽」。昔で言うところの、このジャンルにバシッとはまりそうな音です。今では、この感じのサウンドにも慣れましたが、慣れてない頃だと「これ、音楽か!?」と驚いていたことでしょう。これのように静かじゃありませんけれど、昔のタンジェリン・ドリームの音にはじめてであった時、そんな感想をもったものです。しかも、ユニークなのは、このグループ名で、アッシュさんとスペンサーさんかと思ったら違いまして、今、16人のメンバー(その中にスペンサーさんはいる。アッシュさんはいない)がいるそうで。メンバーが流動的なのか、そもそも、<サウンド制作機関>みたいなことを、ここは言っていた様なので、とすると「今、社員は16人」みたいな感覚なんだろうですかね。社員なんていうと、「田中ちゃん、今日は残業?」「おお、サトやんは、今日は捗ったんか」「めずらしくな、オレは今日は久しぶりに定時で上がるわ。納期、来週やから、そろそろ田中ちゃん、ヤバイで。誰かにてつどうてもろたら?」みたいな、そんな光景が目に浮かぶ・・・・

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2005年10月19日 (水)

ハイテク機器を使いこなす健さん

試写で『単騎、千里を走る』。巨匠スタッフによる作品ですが、この余裕のドラマ運びは何だ? まるでウルルンのように進行する擬似ドキュメント旅日記のような展開、健さんと中国の人たちの大人の会話の数々。いわば、これこそ、リアルである。こういう意味でのリアルさをスクリーンで観たのは珍しい。日本側の演出と中国側の演出は違うので、フィクション的装飾をやはり感じずにいられない日本側のストーリーは、本来なら、ナレーションのみの説明とかだけでもいいのかもしれないが、誰でも見やすい映画・設定に、という配慮であれば、その丁寧さはよいかもしれない。なんでしょうね、「ドラマ」というよりは「人間らしい瞬間」を切り取るときの余裕みたいなものが、国によって違うのかな。さて、気になるのが(おそらく気になる人は多いと思う)、漁師一辺倒で、ビデオさえもっていなかったという設定の健さんが、中国では、ケータイとデジカメをチョー使いこなす。デジカメ取り捲り。この取り捲りの理由はあとで明かされるが、「それだったら、せっかくビデオカメラも持っていたはずなのだから、ビデオで撮った方がよかったんじゃないのか」とちょっと突っ込みたくも。デジカメ特有の、「作られたシャッター音(消せますからね)」も、何度も意識できる。ラスト近くには、「おおっ」と思うほど、使いこなすシーンが出てくる。どうして、そこまで。「不器用」じゃなかったのか!!と思いつつも「本当は、健さんって英語使いこなしまくりとかきくしなぁ」と思い、これはこれでリアルな健さんなのかもしれない。とすると、あたまの健さんの漁師という設定が気になるが、海外のファンからすれば、健さんってそういうイメージなのかな、とも思う。中国での健さんは、レナウンのCMに使えるぐらい洒落てたしなぁ。とはいえ、大人のエンタテインメントではあると思います。

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懐かしい難解さ

ゴダールの『アワーミュージック』みましたぁ。ゴダール鑑賞者には、自分としては、おそらく3パターンあると思っていて、1「『勝手にしやがれ』の頃のものからちゃんとずっと観ている人」2「『パッション』あたりの一見難解型から観ている人」3「初めての人」4「その他」。私は、2でして、ぶっちゃけ学生時に『パッション』では猛烈に催眠術にかかってしまい(確か、2回挑戦したが2回とも)。そして心地よく「観れた」のが『カルメンという名の女』(at三越劇場)『ゴダールのマリア』(atサンケイホール)『右側に気をつけろ』(at三越劇場)で、あのあたりから「かっこつけたセリフでストレートでない」「編集が、微妙にずらした感じで心地よい」「とにかく画面が驚くほど美しい」のこの3点でとにかく突っ走り、エロから政治までをミキサーにかけて自己嘲笑しまくるゴダールが、いわば基本的にいつも同じなので、この一見難解さが、懐かしく思えるように、今ではなってしまっていた。その後は、リアルタイムで観たのは『ヌーヴェルヴァーグ』ぐらいだったため(『はなればなれに』は観たけれど、『パッション』当時以後の作品ではないので、リアルタイムではない)、本日の『アワーミュージック』は久々の感動だった。これまでも、結構、ちゃんと公開されていたのだから、その都度再会すべきだったな、と思う。ああ、こういう映画が似合っていたシネ・ヴィヴァン六本木も、今はないのだなぁ、。さて、『アワーミュージック』は、最高だったが、特別に言及することはない。全く同じ映画をまた観たわけではない、ということだけである。ゴダール映画の目の覚める鮮やかさは、今回も、そうかカラックスの『ポーラX』の感じはやはりゴダールだったなぁ、といまさらに思う。「人間はいつの時代も殺戮し合い、生存者がいるのが不思議なぐらいだ」とインテリならではの反戦メッセージを難解に塗りこめて、初めてみる人には「さっぱり判らんわ」というだろう深さを気持ちよがる。様々な滑稽さと、あまりもの美しさが同居するが、本当に、こういった、「とにかく美しい」ということに感動できる作品は公開されなくなったなぁ、と前回のコメントと一見正反対のことを思う。「ドラマ性に感動」しなくても、「感動」というものはいろいろある。恋人が死ななくても、子供や犬や老人が出てこなくても、恋愛しあわなくても、感動はある。というか、前者による「感動」はあまりにも容易ではないか。「説明できない感動」が味わえる作品が戻ってきてほしいな、と思う。一瞬、庵野秀明の『式日』を想いだす。あの感動も、何が何だかわからない感動だったな、そういえば。

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2005年10月16日 (日)

口内炎ごときで・・・

いやあ、口内炎、よくできるんです。なので慣れているはずなんだけれど、ちょっと今週は過激なハード・スケジュールも加味して、なかなか、それぐらい何のそのでもありません。チョコラBBのみまくり。さて、先週から、ここ映画といえば、ビッグ3な映画を大阪のシネコンで見ました。『シンシティ』『ステルス』『チャリ・チョコ』。なんとも大味でした。まあ、こういった大作は、大きなスクリーンで観て、ポップコーン食べながら、というのがよくわかる感じです。というのは、繊細さをあえて排除しているから、集中度を最高に高めなくて鑑賞出来るということである。『シンシティ』は、ちょっと目を離すとわからなくなるかもしれないが、もともともわからないといえばわからないし。しかし、いずれも、遊園地な映画です。「悪のテーマパーク」「ジェット体験ライド」そしてそのまま「チョコレート工場」の案内です。ちゃんと入り口から入って、出口で出る感じです。うーん、万博的鑑賞法がまだ抜けないのかな、というか、だから、そんな映画ばかり選んでみてしまうのかな。例えば『NANA』などは、遊園地えいがではないからな、もっとも大画面の必然性も少ないストーリー寄りの映画だし。うーん。おっさんは、やはりストーリーで見る映画が恋しいです。

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2005年10月 9日 (日)

アメリカ館跡地で虫に刺される

自分でも忘れそうなので、書こうと思っていることを。シンシティのこと、モリコーネ公演のこと、これらについては、早いうちに書かなくちゃあいけない、と思いながら、性懲りもなく、先に、ちょっと久しぶりに「大阪万博公園」に行った10/6のことを。この日は夜は大阪フェスでモリコーネ公演だったわけですが、昼は、太陽の塔、拝みに行ってきました。何しろ、私にとってはご本尊ですから。小さな頃、というか、大阪万博の時は、自分は小学校に入る前、6歳。病弱だったため、そう、何度も来博できるわけでもなく、でも毎日のように現地のテレビからは流れてくる万博ニュースで、頭の中は万博一色だった。公式ガイドブックに書かれたイラストを真似て、父は同じ大きさに切った紙をカード状にして、一枚一枚パビリオンの絵を書いてくれた。今思えば、父は絵が上手かった。独特の書き方をしていた。多少、本職が書いたイラストからは省略はするものの、形が崩れることはなかった。さて、あれから35年、万博公園に来たきっかけは愛知万博で告知されていた、この期間の「MANIA EXPO」という催しを見るためだった。現在、唯一、当時のパビリオンを残している鉄鋼館の中での展示というのも味な真似ですが、万博当時のきっぷや、路線図や広告など、パビリオンではなく、周辺の思い出が主にコレクションされ、当時の勢いを生々しく感じることが出来た。さて、この万博公園に来たからには、恒例の行動、「外国館跡の石碑探し」である。さて、ものすごい湿地・森の中に「ソ連館」「アメリカ館」跡を見つけて、かなりジンとくる。「日本館」跡は、広場になっている。お祭り広場は、今は、ただただ広い空間が残されているのみだ。そこのベンチ(当時も、こんな形でベンチだったのだろうか)に腰掛けて、近くの売店でおばちゃんに作ってもらった焼そばを食べる。かなりジンとくる。そういう感じで5時間ほど偲ぶ。エキスポタワー跡でもジンときた。今は、そのあたりはベンチ跡にさえ、雑草が生い茂っている。まるで廃墟の取材に来たかのようだ。もう10月なので、3時でも、夕方の陽射しになっていた。これもまたジンときた。

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2005年10月 5日 (水)

栗コーダー2連発

栗コーダー・カルテットの音が気になり出したのは、『あずまんが大王』(ほんとうは、ここで気にしているべき)ではなく『クイール』の予告を見たときからで、おそらく、それまでに栗コーダーっぽい音は、あちこちで潜在的に聞いていたようで、なので「こういうアーティスト名なのか」とハタと手を打った(映画館で。うるさい)のだった。そう知ってから、テレビを見ていると、いやあ、あずまんがのサントラ、あちこちのBGMで大活躍ですね(あんな音色ですからね)。・・・さて、プロデュース・チームを同じくする、音楽が栗コーダーにオーダーされた2作『ぺとぺとさん』『奥さまは魔法少女』のサントラが立続けにリリース。ぺとぺとは栗原氏、奥マホは近藤・関島両氏が作曲している。確かに、こんな短期間にシリーズ2本もオーダーされたら、ひとりでは無理だ(栗コーダーのメディア・ベンチャーズ化か!!)。かなり、時の人たちになってきている栗コーダーさんですが、今日の話題は、この『奥さまは魔法少女』。こんなタイトル、あんなジャケ(モロ、それ系だ)、と来れば、音を知らなければ、まず素通りしてしまいそう。が、素晴らしい!! アニメ・シーンでの音楽というのは、今の日本映画に比べて、比較にならないほどユニークさに富んでいると思えるのは、なぜなんだろう。それは、予算とかの話以前に、アニメ周りの人たちは、「楽しそう」なのである。映画とアニメだと、同じ激務でも、アニメの仕事の方が、ひょっとしたらストレスが少ない可能性が高いんじゃないか、とさえ思える。今回の、コンポーザーとアニメ・キャラの対談という、今までありそうでそういえばなかったアイデアも楽しい。ぺとぺとと、奥マホの共通点は、妖怪や魔法使いが、同レベルで共存していることで、これは70年代の藤子ものや少女アニメを思い出させる・・・ずっと、この風潮はあるのかもしれないが、栗コーダーの音楽が生きるのは、昔で言えば「おばQ」や「うる星やつら」の下町なのだと思う。決して、力んで何かと対決するようなシーンのない、日常の連続の中でのファンタジー。大林映画を連想してしまうのは、日常とファンタジーの融合、というここかもしれない。さあ、あとは『よつばと』のアニメ化がいつになるか、ですね。

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