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2006年4月23日 (日)

ソフィアとミランダ

ヴァレリー・ルメルシェ(この人、今、フランスで物凄いヒットメイカー化してますが、全然日本で公開されない、この間の映画祭での上映があっただけ)似のミランダ・ジュライ監督・主演の『君とボクの虹色の世界』(なぜ、虹色なのか、相変わらず、邦題は不可解なのが多い)を鑑賞。何かと、ひと世代前(なんていうと失礼?)のソフィア・コッポラと比べられますが、今回のジュライ作品は(詳しくは書かないが)一般的なハッピーエンドに帰結してしまうところが、やはり、自分的には、突き抜けないところです。おそらく主要登場人物の、ひとり(主人公の男の方の別居する妻がそう)を除いて、全員がいわば空想癖がある、という、まるで笑い飯(ボケにボケて、誰も突っ込まない)のようなやりとりである。お互いがナチュラル・ボーン・アーティストみたいな人たちだから、お互いのの会話が「現実的な会話ではないな」ということを心の端で気づきながら、あえて、突っ込まずに進む、というのが禁断の果実なんでしょう。これは、もう、まさにミランダ・ジュライというアーティストの頭の中のワンダーランドに住む人たちの世界バリバリで、一見ドリーミーな作りに見えて、冷静にドラマをたどると、かなりシビアなメッセージをホワリといってのけているソフィア・コッポラのテイストとは、ホワホワ感は似ているが、ホワホワの目指すところが違うのでしょう。そして、マイケル・アンドリュースの音楽は、さすが『ドニー・ダーコ』の兄ちゃんですね、インディーズ的な粗さを残しつつもホワホワさせまくって、作品のイメージの確立にかなり貢献。・・・・あのスリッパ遊びのようなことは、そういえばよくやっていた記憶がある。みんな、やってたんでしょうね、自らの手足の擬人化。そう、この映画は、ひとりの人間が子供になったり大人になったりの微妙な往復を描いている気もしました。これはソフィアは(おそらく)やってません。

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