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2006年5月27日 (土)

忽然と現れる近代地方都市

三江線の旅、続き。石見川本着11:06。そして、ここから、江津の終点に出るための電車は、13:53。時刻表を見ると、三次→石見川本は一日に4本、石見川本→江津は6本しか走らない。直通は、夜の1本だけ。なので、このスケジュールは必然なのでした。2時間47分を石見川本という町で過ごすのですが、はじめは不安でした。終点、とか分岐点、とかいう駅で、ひとけが何もないところというのは、普通に結構ありますから。降りてみて、田畑だけだったらどうしよう、とか考えていたのですが、ビックリビックリ。立派な駅舎、ちょっとした駅前広場、そして整備された町並みがそこにはあったのです。ものすごいところばかり通ってきた路線なのに。駅を出ると、風景の向こうにすごく立派な建物が聳え立っていて、それも気になり、観にいきました。その前に、駅前の食堂(食堂が何件もあった。すごいところばかり通っていた路線の終点で!)に入って、日替わり定食を頼む。おばさんが何人かで仕出しの準備に追われていた。その仕出しの中身の流用と思しき定食が登場。固めのごはんがおいしい。テレビで国会中継をながめながら、食べる。不思議な感覚がした。そして、町の散策。農協が経営しているスーパーに入る。かなり立派。さすがに山陰、魚介が豊富で宍道産しじみとか、浜田産ハタハタとかあって、つい、買いたくなるが、こんなところで勢いで買っても、果たしてどうしようか。ということで、グッとこらえて、「アラ」(海苔の佃煮。関東では、ほとんど見かけないので)とか、なつかしい系の日持ちのする食材を買って、謎の建物のところへ。郵便局の角を曲がって、坂をのぼっていくと、どうやら、役所や警察や宿舎や「音戯館」?(音響設備の整った公民館のようなものか?)などが集まっている一角のようと判明。駅側に戻り、線路をまたぐ道路から眺めたりしていると、今は廃止になってしまった高千穂駅や、駅の周辺が、わが祖母が住んでいた奈良の櫟本(いちのもと)のあたりを思い出させる。とにかく、「昔の/モダンな/ちょっとした駅前町」なのである。町並みを楽しんでいると、石碑を見つける。・・・そこには、ここがいかにして、近代的な町並みなのかの答えがあった。1972年に悲劇的な水害が町全体を襲い、壊滅的状態になった町の再生において、近代的な町のデザインで、計画されて町が整備されたのだ、という旨の事柄が刻み込まれていた。食堂も、飲み屋も理髪店も、電気屋もスーパーもある町だったが、それは計画されたのだ。駅には、自動販売機もあり、(広島県はよく試験販売される、と聞くが、これもそうか?)そこで「コーヒーソーダ」を飲む。コーヒーソーダだった。そして、江津に向かうのだが、逆の意味で、江津がまた強烈なのでした・・・・(つづく)

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