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2006年8月30日 (水)

東舞鶴の中古ソフト店

豊岡では、すぐ駅前にニチイ/ダイエー的スーパーがあったため、そこに入る。目的がありました。折り畳み傘もなんですが、ちょっと脱水症状的なものを感じたので「カキ氷をちびちび食べたい」と思ったのでした。豊岡についた頃には、すでにあたりも暗くなりはじめており、街散策もそう、楽しくできそうにないので、その辺も躊躇なかった。ともに、かさもカキ氷も満足。お約束の、スーパーの上階にあるファミリー・フード・ゾーンみたいなところで、カキ氷。この時間、そんなにもう暑くなくなっていたので、ちょっとヘンに見えた模様(というか以前に、不思議な人間だよな、旅人っぽくもなく、ビジネスでも地元の人でもなさそうな40のオッサンがカキ氷を平日の夕方に頼んでいるのだから)。夏休み中だから、学生もそんなに多くなく、あとは、若夫婦みたいなカップルがいて、ダンナの方が豪快な量の焼そばを平らげている。見ると、ここの店の焼きそば(など鉄板系)はボリュームが売りのようである。さて、そんなこんなで、もう、車窓の見えない時間帯、宿泊地、福知山へ。福知山の宿は、駅から遠いところしかとれず、それも(そこまでの道のりも好きだったりする)楽しみで、でも旅先の食堂は、どこも閉まるのが早いので、急いで、夕食だけは済ます。そして、(ここに泊まるわけではない、別の)ホテルの1階の食堂で、和風ハンバーグ定食を食べる。地元のおばさんたちの会合か何かがあったようで、店の人と「あれはおいしかった」「あれはうんぬん」のやりとりを何度もやっている。いずれにせよ、こういう光景を眺めるのも楽しみの一つ。そして、そんなに評判は(いろんなサイトでの採点を見る限り)よろしくないホテルで泊まるのですが、さほどいうほどでもなく、普通のホテル(つまり、自分は、今までも、あまり泊まり心地のよいホテルに泊まっていない、ということなのかもしれない)。というのも、翌日の彦根のホテルが凄かったんですよね(自分にはいい意味も含め)。翌日は、晴天! 福知山の駅コンビニ・ゾーンみたいなところで(駅の近代化)、モーニング食べて、ちょっと文庫本買って。東舞鶴行きに乗り込む。またしても、睡魔が襲う。それまでは、ローカル線色強い車窓だったのが、さすがに舞鶴になると、ガーッと都市の光景になってくる。こんなに開けているのか、とびっくりするほど開けている。そして、なんと東舞鶴は、高架駅で、完全に近代化されていた。駅のホームからのぞくも、見えるかなりの範囲が再開発がされている。「再開発とは、みんな同じ町にしてしまうことを言うのか?」とちょっと疑問に似た感じも覚える。あくまで、通りすがりの意見ですので、地元の方が、住みよろしいことが第一でしょうから、そうなっているのであれば、いいのですが。そして、異常にゲーム・ソフトが充実している駅前の中古ソフト屋さん(自分的には、東舞鶴駅前に中古ソフト屋があることも軽いショックなんですけれど、これも外野の勝手な感想。)で「宇野ゆう子のシャンソン・アルバム」なるものを発見。購入。こんなものがあるのなら許す(べつに、許すも何もないですが)。

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2006年8月27日 (日)

豊中が豪雨

宮津では、かなり時間があり、いつもやっている方法で散策を始めます。その方法とは「タイムリミットまでの時間の半分の時間分歩く→そこから引き返す時間のことを考えて」というもの。駅から、少し歩いただけで、海が見えてきた。若狭湾。おお。でも「おお」だけで終わるんですけれど、そこここ歩いて、少し余裕のある時間で、駅に戻る。待合室にテレビがあってNHKが映っている。地方の駅の待合室で見るNHK。これがもう!!!!!!!!!!本上まなみの飛脚?の話の再放送の画面が小さくなって、気象情報が写っている。大阪がえらい豪雨らしい。実は、けさ、大阪をでてきたところだったのだが、昨日は、カンカン日和だったので、ちょっと大型な夕立のようではあるのだが、スケールが異常らしい。なんか、不思議な感じがする。さて、北近畿タンゴ鉄道の続き。今度は、豊岡までの路線。宮津のすぐ次の駅が天橋立で、よほどひと駅だが降りようか、とも迷ったのですが、降りず。なんと、でも、車窓から見えました、天橋立。そして、その後は山間を行く感じ。この間、実は強烈に睡魔に襲われていて、なかなか車窓を追えない。そして、豊岡到着。

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2006年8月26日 (土)

忘れてましたが、雨

そう、福知山に着く2駅前ぐらいから、夕立っぽい雨がものすごい勢いで降り出していたのだった。そして、列車が福知山に着いた頃には、とりあえず、傘は差さずとも歩けるぐらいの降り方(ポツポツ)になっていたので、このまま止むか?と思いつつ、今回、折り畳み傘を持っていなかったことがわかり、それで、コンビニ(これがなかなかない。見つけたのがニチイっぽいスーパーだが、折り畳み傘は見当たらない)を探したりするのだった。で、福知山散策をする間は、止んでいた。そして、北近畿タンゴ鉄道(KTR。毎月1日はKTRに乗ろう、みたいなスローガン?も掲げられていたりします)のホームに。恒例で、学生とご老人が結構いっぱい待っておられる。15分ほど待ったか、列車(といっても2両)が入ってくる。学生が口々に「2両だ2両だ」といっているので(窮屈に詰めて座らなくてもいい・・・そんな感じの意味のよう)、通常は1両で来ることがほとんどなのでしょうか。そして、結構な山間を抜けつつ、宮津へ。宮津は、期待通りの駅で、地上に駅舎があり、そこから、街に出ると、半放射線状に、街への道が出ている。歩き始めると、すぐのところに喫茶店、お土産や、カラオケパブ?みたいな店がひとつにまとまっているところをみかける(なかから「ビリティス/愛の詩」が聴こえてきている。まあ、普通にイージーリスニング系がかかっているだけで、これは喫茶店のBGMが外に聴こえてきているのだろう。つづく。

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メインは中華

ついに、『お元気ですか日本列島』と『ゆうどきネットワーク(これは江崎史恵アナめあて)』を録画することにしました。リアルタイムに見れない曜日があるので。しかし、江崎アナって、カルトにファンが盛り上がっているんですね。普通のアナウンサーじゃないな、とは思ってましたが、それが「アート系」的な趣味を呼び起こすのでしょうか。さて、若狭湾系ローカル線旅の続きです。園部。園部は、そう、陸橋上に改札含め駅的業務のもろもろがある駅で、駅舎が地上にはないのでした。さて、そこから福知山行に乗車。とにかく、この日はカンカン照りでした。この時期に、ここの旅を選んだのは、この時期にもっとも気温が高く、晴れ晴れ(ユカイ)なところを選んだ結果が京都府北部なのでした。最高気温34,35度が当然のごとく並んでいるので、もう、これはこの地方で過ごすしかないでしょう。そして、福知山。福知山駅は、近代化途中でした。山陰本線は、もう高架駅(近代的)なのであった。コンクリートづくし。コンコースがめっちゃ広い。まるで、新幹線が通るかのよう。そこから、まだ工事中の空間を通って、1Fに当たるところの出口(北出口)に出る。すると、今は使われていない、旧駅舎がシートにくるまれている。うーん、この駅舎、どうなるんだろうか・・・と心配になる。ちょっと前に尋ねれば、この情緒ある駅舎から外に出られたのになァ・・そして、駅を出ると、どこの地方都市もほぼ同じ構造(おそらく、栄えたであろう、いろいろはあるものの、今の時間はひっそりとしている。クルマは通っている)で、しばらく歩くと、ショッピングセンターがある(イオン的なものではなく、昔のダイエー/イズミヤ/ニチイ的なスーパーの大型版)。その近くにある大衆食堂風な店(メインは中華の模様。あとで気づいた)に入って、「ハヤシライス」を注文。ルーを自分でかける、ちょっと本格派で出てきましたが、超本格的ではなくて、こちらが期待していた懐かしいハヤシの味で、感動しました。つづく。

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2006年8月24日 (木)

福知山駅工事中

この3日間(正確には、乗り倒していたのは、2日間)京都から、京都府北部から福井県の若狭湾関係のローカル線を。途中下車して、周りの街散策を1~2時間行ったのが「園部」「福知山」「宮津」「豊岡」「東舞鶴」「敦賀」そして「長浜」なのですが、なぜ、まず、駅名を列挙したかというと、・・・・・今、風景を思い出そうとしたときに、どの風景が、どの駅のものだったか、がパズル状態になってしまったからなのである。つまり、どの駅前も、基本骨格は似ていたわけです。どう似ていたかは、おいおい書きます。さて、京都から山陰本線を各駅で北上していくわけですが、京都駅での「山陰本線乗り場」がすでにはずれたところにあって、もう、すでにローカル線な感じ。でも、さすがに、ここはまだ都市近郊の路線なので「普通に込んでいる」。一気に福知山まで行きたいのですが、各駅だと、園部か亀岡行きまでしか見当たらない。亀岡といえば、京都テレビのCMで見ていた「亀岡山田木材経営団地。よいしょ。どどどん」のイメージしか、自分にはない。亀岡は、降りたことはもちろんなく、通ったのも初めてではないでしょうか。さて、映画村でおなじみの「太秦」も、ちゃんと駅としてある(東映の大スタジオらしい建物がずらずらずらずらあった)。自分としては、この線の目当ては「保津峡」でした。この辺がすごい、とは聞いてました。保津峡下りは、今、中断(欠航?)されてますが、かといって、景色が変わるわけではない。景色は凄かった。でも、確かに、「保津峡駅」前後と、そこをすぎるとで、一気に景観が変わる。そして、亀岡は過ぎ、自分の乗った列車のまずはの終点が園部。この後、途中下車していく駅々合わせて、この駅だけ、違った、といいますか。駅前ロータリーっぽい広場はありました。整然とされている感はあるのですが、地元の方々は、そこから自転車とかクルマとかで、さらに移動していく感じ。地元の人間でもないし、利便性を考えると、そうなるのかもしれないのでなんとも、通りすがりが意見など、さらさらできないのですが、・・・・駅舎は、地面についていてほしいなぁ。1番乗り場の真ん中にすぐもう出口があって、出ると、駅前って感じの風景が展開するあの感じ・・・改札口が高架橋上に出来ている近代駅の構造だと、あの感覚は味わえないのです。園部駅以降へ、その後続く。

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2006年8月 9日 (水)

バート・バカラック

ついに久しぶりにスリランカ・ビール「LION」を入手し、ナンチャッテな"スリランカ・カレーってこんな感じだったかなin愛知万博"を普通のカレー+木綿豆腐+ココナッツミルク+ナンプラー+サフランライスという感じで作り、食して、超天国。・・・・・というような話題は、最近ずっと同じなので、先日リリースされていたバート・バカラックの紙ジャケCD化シリーズを聴く。「メイク・イット・イージー・オン・ユアセルフ」。バカラック・サウンドなんかも、自分にとっては、「いろんな音楽の旅をして帰ってきてくつろぐ音楽」のひとつ。いわば「あー、やっぱり、ウチが一番ええなぁ」と、旅行から帰ってきて、いうひとことの音楽版である。とはいえ、昔の、家族旅行の際に聞いた言葉で、今、自分が何度となく行く"旅"は、ものすごい軽装で行くし、みやげなどもほとんど買わないし、何より、マイペースなため、クタクタになって帰る、ということはまずない。なので、帰ってきても、すぐ、別のところへ行く計画を考え始めるのですが。さて、バカラックみたいな「音版"自宅"」は、いくつか、ある。もう、愛聴という度合いを越えているものである。最近は、実際に聴いた回数は5,6回なのに、その後、頭の中でフルサイズでループするので(なので、i-podは必要ない)、めちゃめちゃ聴いたような錯覚を覚える。そうなんだよな、初めて聴く音楽が退屈だったらいやだから、そんな音楽はi-podでは聴かないし、好きな音楽は反芻(心/頭の中で)すればいいので、i-podはいらないのだな。そして、耳をふさぐと、いろんな"自然音""生活音"が聴こえなくなってしまうので、それが好きな自分には、我慢できないんですよね。

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2006年8月 5日 (土)

万博跡

水曜日に、愛知万博跡地にでかけた。やはり「堪能」と思っていたので、行きを藤が丘からリニモ、帰りを八草から愛知環状で、というルートだけ考えていた。藤が丘で、リニモ切符売り場として大きく設けられていたスペースは、マンション?がもう建設中で、スペースはない。リニモ自体は変わりなく健在で、家族連れも乗客に多く、おそらく「モリコロパーク」へ行かれる方々だろう、とこのあたりの活況も、そのまま(当時と数は違うけれども)、とほほえましい。さて「愛・地球博記念公園」駅に着く。駅の構内自体は、全く変わらない。ただし、出口が、すでに違う。まっすぐに進んでいって、パノラマが開ける、といった感じだったのに、そうではなく、上品に、右横から階段で降りる。さて、「モリコロ・パーク」は、まだまだ整備中で、いきなり開けたのは、少し整備されて緑も植わった玄関口っぽい部分をすぎると、ひたすら更地。ブルドーザーたちが頑張っているのが、視界に見えた。つづきます。

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