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2006年9月12日 (火)

時をかける少女

すごく久々に観た映画は、やはり『時をかける少女』でございます。銚子の話もありますが、それは、のちほど。ものすごい勢いの口コミ状態になっている映画ですが、多くのアニメ・ファンがいうところの「良質のアニメだけれども、突出しているわけではない」という意見は当たっているように思います。悪いわけではありません。ものすごく良い。ただ「このぐらいのものすごく良いアニメは、実はいっぱい作られている」ということでしょう。例えば、5年ほど前から比べると、現在の日本映画はどうなっているか、というと、俳優について語られることがほぼ全てになってしまい、もちろん、俳優の個性は大事だけれども、(ぼんやりと、多くの映画ファンも考えて入るだろう)作品論的なところが、見えなくなってしまうのじゃないだろうか。アニメは、特に声優が匿名性を帯びてくると、余計に作品そのものに対するのめりこみに徹することが出来ます。2006年版「時かけ」は、雲の微妙な動きや、何度も登場する川べりのカットに代表される日常の描きこみが話題ですが、これについても、「日常の描きこみ」は、多くの優秀なアニメでは普通に行われていること。おそらく、この実写映画ファンもくすぐる"時かけ"という題材が、アニメを見慣れていない「実写映画ファン」を呼び込み、そして現在のアニメにおいては"当然"な時もあるこのクオリティに驚いたのではないか、と思うのです。そして、このストーリーは、非現実的な冒険ではありません。「日常をアニメで描くこと」の意味が実写映画ファンにも伝わったのかも。日常アニメ・ファンとしては、そう感じました。『ARIA』のネオ・ヴェネツィアや、『びんちょうタン』の山里の風景に感嘆する自分としましては。・・・ところで、多分、自分は、昔の時かけは見ていない。か、観たが覚えていない。なので、昔もおなじ仕掛けなのかもしれないが、坂道と川べりに代表される、「限定したシチュエーションの何度もの反復」は、グッとくるものがありましたが、ここで元祖時かけと共に『ビューティフル・ドリーマー』も思い出すかも。『ビューティフル・ドリーマー』の想起といえば涼宮ハルヒですが、ハルヒとドリーマーの想起は、ちょっと時かけのそれとは違う。思えるのは、ほぼまだ無名な俳優たちで、この同じストーリーを実写化すれば、ほぼ同様の感動はあるかもしれない、とも思います。しかし、これも思うに、アニメ化したからこそ、現状、多くの(邦画ファンより多いのではないか、乱暴な括りですが)アニメ・ファンも鑑賞し、賛辞を寄せた。この実写/アニメとものファンの数で、「すごい状況」に見えるようになったのじゃないでしょうか。アニメは「ガンダム」「エヴァンゲリオン」もしくはジブリ系の非現実的ファンタジーのためだけのツールではないのだ、ということが、そろそろ一般化するのでしょうか(もうとっくにしているかな)。

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長らくお休みをいただいていたSHODO(衝動)も本日をもちまして再開ですヽ(´ー... [続きを読む]

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