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2006年10月 3日 (火)

日傘

卓上アンテナをつけるだけで、U局も観れるのだ、という単純なことに感動した今日この頃。さて、先日、思いも寄らない、感動的な番組を観た。NHKにんげんドキュメントの「日傘 こころ模様」というもの。ここのところ、実写の「ドラマ」には、TVも映画も、イマイチ、その虚構性の薄っぺらさについていけず(現実のほうがさらに深い、という事柄は、ドキュメンタリー映画が当然のように劇場公開されるようになった現状を見ればわかると思う)、さまざまな物事の中に、心動かされるものを探している、という感じだが、前述の番組。なんともない番組タイトルと、その内容の深さのギャップもよかった。依頼人からの「思い出の着物」を受け取り、その生地で日傘を作る老婦人のドキュメント。これは、もう、完璧に「物語」である。番組では、依頼者の中から数組をピックアップし、それぞれの人生ドラマを数分ずつで紹介していく。ドキュメント番組を観ていて気づいたのは、その中に出てくる人たちが、「見られるプロ」ではない、ことだ。俳優たち「見られるプロ」が出すオーラは、そこにはない。ドキュメント番組、といっても、隠し撮りでない限り、撮られている側も、日常とは違う、ある種の演技は入ってしまうはずだが、それは「プロの演技」ではない。ただ、演出者の方はプロだから「あの人、いつもはあんな感じじゃないよ」という風に撮ってしまう事も可能は可能なんだが、いずれにしても、オーラの度合いは違う。そして、感動の話ですが、「もう着なくなった/一度も袖を通していない」着物が、現役の日傘に生まれ変わる、という事実が、何か、「もう、それは過去のものだと思っていたものが蘇る」プチ奇跡のような感覚がある。そして、それは最近多い、よみがえりドラマとは違って、可能な限り永遠(自分の方が年をとっていくけれども)なので、ちょっと違う。そして、何より、現実だ。これがもともとは「ゆうどきネットワーク」のトピックとして紹介された後の後日談として膨れ上がって、ひとつの番組になるほどの反響になった、というところも泣かせる。そのときのゆうどきを観たい(ゆうどき、のような番組がDVD化されることはまずないだろうし)。

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