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2008年1月31日 (木)

ゴダールとシャーリー・マクレーン

今日は、久しぶりに試写室で映画2本鑑賞。昔は3本ハシゴも日常茶飯事だったことを思うと、自分の映画への情熱は?...?...と思うのですが、その分、アニメその他への現在の興味があることを踏まえて、改めて映画を眺めていると、なんだか、故郷に戻ったような懐かしさがある。映画、というだけで、もうそんな安らぎがある。『パラノイド・パーク』を渋谷のショウゲート試写室で。ガス・ヴァン・サントの映画を見に来て、席を確保して、30分弱の時間を近くのアニメイトへ時間をつぶしに行く人間は他にはいないだろう、なんて思いながら、初音ミクのCDを買うのを思いとどまって、戻って鑑賞。当初、『エレファント』PART2みたいなものでは?(エレファントは好きな映画ですけれど)と思っていたが、それはすぐに払拭。音楽が抑制的に流れたエレファントと違い、音楽のない瞬間は怖いとばかり、何がしかの音楽を流し続けようとし、長回しではなく、さまざまな手法を駆使する。アンチ・エレファントな作風だ。しかし、同じ瞬間を何度もリピートし、全体の輪郭を少しずつ作り上げる部分は同じ。エレファントの第三者的視点と違い、今回は、加害者の心理に根ざした表現だから、意味合いは違う。しかし、「思い出したくないところは、記憶から喪失する」かのようなシーンの喪失が少しずつ復元されるのはさすが。数分間の出来事をリピートさせるために、90分弱を見せるというのもすごい。そうそう、そして、音とシーンのズレや、構図などが、ちょっとゴダールを思い出したような気がした。『カルメンという名の女』や『ヌーヴェルヴァーグ』の頃のゴダール。もう一度、見直してみたいな、と。

そして、もうひとつが『プライスレス 素敵な恋の見つけ方』。まあ、すごい邦題ですが、これだったら、プライスレスを抜いて、日本語だけのタイトルの方が、よりそれっぽかっさたかも。オドレイ・トトゥが予想以上に素肌露出度高いこのラブ・コメディ。まだ、コメディエンヌとしては、リラックスしていない気もするのですが、とにかく、理屈抜き娯楽映画を見ようと心構えしている人間には、いい感じの映画。後半の色彩がだんだん60年代後半のハリウッド・ラブコメを思い出し始めて、そういえば、60年代とかで、オドレイ・トトゥの役をシャーリー・マクレーンあたりが演じて楽しかったりするんだろうな(ちょっと前のハリウッドだったら、キャメロン・ディアスなのかな)なんて考え始めたりして、なら、音楽は、マンシーニかニール・ヘフティだな、なんて思ったものですから、そりゃその巨匠ふたりに比べたら、バズバズの音楽は、ひとつ抜けていないわけで。もったいないのは、これは制作側の要求からなのか、メロディを生む側なのか。この作品だったら、キャッチーでかわいい主題歌ひとつで、作品の印象度も数段変わるだろうところを、なんて、ちょっと悔しがりながらエンドロールを眺めていました。全体的には楽しい映画なので、余計に。

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2008年1月29日 (火)

ブルーベリー・パイとチョココルネ

いよいよ、次の正念場は3月中旬になりそうな感じになってきたが、今週から、2週間ほどは、比較的日常ワークのみの時期のようなので、気分的にも楽で、『マイ・ブルーベリー・ナイツ』鑑賞。さすが、アスミック・エースで、ここが配給する作品の邦題は、複数形はちゃんと複数形にされてます。こだわりですね。さて、ダリウス・コンジ撮影、ということで期待していましたが、いつものウォン・カーウァイ映画でした。コマ飛ばし編集と、赤と緑を強調した画面、ウォン・カーウァイ映画は、とにかくシチュエーションと画面の映画ですが、今回もそう。そして、不器用な(それが個性になっているのですが)音楽の使い方。これらが、ひとつとなって、映画ではなく、ウォン・カーウァイ映画になっている、という感じです。この人の作品では、他の監督の作品以上に、役者は監督の絵の具化している、と思われ、その中でのノラ・ジョーンズやレイチェル・ワイズの自己表現というのは、それ以前に、という感じですが、片や、ジュード・ロウとデビッド・ストラザーンのふたりは、他の作品でも会えるユーモアさ、シブさでそのまま存在している。逆にカーウァイ映画の役者らしくない演技ぶり、ということになるのかもしれませんが、カーウァイ映画の新しい視野ということでもあるのでしょう。予想に反して、ブルーベリー・パイの出番は少なかったが、洋画とデザート(スイーツという言葉は、自分は好まないので。とはいえ、この甘いものだけを食事とする人もいるため、甘いものイコール・デザートではない、ということもわかってますが)といえば、今後は、それまでのクリーム・ブリュレのように人気になるのでしょうか。チョココルネを昼食にする女子高生のアニメというのもありましたが。

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2008年1月26日 (土)

時間がわからない

それにしても、寒くて、何もする気が起きない。やはり、夏好き人間ならではです。しかも、指も、かなりひびわれしてきている。焼酎を飲みながら、夕方のNHKニュース系を夜中の今、見ています。国会と相撲のダブルパンチで、いっと6けんも、お元気ですか日本列島も、ゆうどきネットワークもない。なんて時期だ。それにしても、夜中に夕方のニュースを見ていて、われながら、もう、何がなんだかわかりません。しかも、毎日、この状態です。

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2008年1月25日 (金)

許される非日常的日常

KEY/ビジュアルアーツ原作のアニメを見ていると、いずれも思うのです。そして、それは否定ではないのですが、このビジュアルアーツの世界での登場人物たちの思考プロセス、そして人間性(この世界の中での人間性)が、現実?の言動とはかなり離れた方向が、その世界ではナチュラル的に語られる。今は『CLANNAD』を見ているわけですが、その、人間性、日常性のデフォルメが多様される。いきなり、このアニメを見れば「なんだこれは?」ということにおそらくなりうる。これは、ファンと作り手の、ギャグに似た(そこにユーモアはないのですが)お約束が無数に存在しているのです。アニメは、多かれ少なかれ、この手法はよくありますが、SFなどではなく、『CLANNAD』のように日常を淡々とつづるストーリーの中にお約束がいっぱい、というのは、これはある意味、新しい流れなのかもしれません。

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2008年1月24日 (木)

アンチギャグアニメ

買っていながら、聴いていないCDというのは、圧倒多数ですが、今、「さよなら絶望先生・絶望少女撰集」DVDに収録されているサントラ(もろ、サントラ第2集ですが、CD単体としては発売されなかった)を聴いております。新房アニメといえば、過去に「ぱにぽにだっしゅ」での羽岡佳によるイルカの日が思い出されるように、こちらの長谷川智樹のスコアにも、ほとんどワザとモトネタがわかるようにしているナンバーなども多いが、ギャグものには、パロディというのがパターンとなっているのかいないのか。それより、絶望先生は、よくよく考えるとギャグアニメというのとも、違うマジさを持っているように思われる。それが悪いという意味ではなく、この絶望先生に出てくる多くの会話の脱線/エスカレートは、考えてみれば、現実の日常会話でよくあることなのだ。日常会話がひとつのまとまった形になることはまずないのが普通だが、その普通でないことになっているのが、この絶望先生なのであろう。

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2008年1月23日 (水)

ほっとするのかしないのか

あと何回かはたずねておこう、と、ようやく、日々のバタバタがちょっとおさまった昨日、すみや渋谷店へ。いつもと同じでした。ちょっと恐れていた、ほとんどが品切れになっている、という状態でもなく、いつものすみや渋谷店。しかし、気づいたのは、自分が、この店を知った頃の20数年前のワクワク感とはなんだったか。それは、マニアックな30年前の作品の初音盤化とかではなく、ほぼリアルタイムの新作の作品の、本国でだけレコード(CD)が出ているらしい、と知ったときの興奮だったと思う。とすると、現在のこのワクワクがなくなった一因は、「世界のいろんな話題作、が"劇場公開"されなくなった」ということと、自分が、劇場公開作への関心が薄れた(ほぼなくなった)ということもあるかと思われる。そして、その前者と後者は関係している。昔はよかったとは言いたくないですが、「いやあ、昔はよかった」。アメリカ、イギリス、フランスなどで、ちょっと話題になっていても、ほとんど日本で公開されることのない「話題作」。これらは、実はCDは出ている。しかし、作品自体が話題にならないので、サントラも盛り上ることがない。何しろ、見ていないわけですから、すでに知名度のあるコンポーザーによるもの、などでない限り、まず、すぐに思い出せなくなってしまう。・・・・これが、20数年前の、まだ「新しいサントラ・ファン」を生み出していた状況と、今の違いではないだろうか、と思います。

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2008年1月22日 (火)

景色のストーリー性

第3シーズンが始まっている『ARIA』ですが、もう、このアニメは、この物語のもつ特性に保守的になっていて、それはそれでいいと思いますが、その特性というのが、他のアニメやコミックでは、これほどまでに重要性を持たれたことのない、「景色」についての重要度。ARIAの万博性については、何回か触れている気がしますが、この物語が、このネオ・ヴェネツィアという模倣の箱庭的都市の中で語られなければ、全く意味を成さない。第3シーズンの特性は、この「景色」への愛情が、より深まって、人物よりも、とにかく背景の重要性が圧倒的になっている。以前から、様々なアニメに限らず、異世界を舞台にしたストーリーの番外編として、そのストーリーの舞台を美術館もしくは万博的にドラマ的にではなく紹介していくものがあっても面白いのじゃないか、と思っているのですが。

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2008年1月19日 (土)

まだら

今日、起こったことで特筆なことはないので、先日に書きました、充実のTVK土曜深夜アニメの、違う作品について。『true tears』。とにかく、色のつけ方に尽きるアニメ。田舎を舞台にしたシンプルなラブストーリー的な導入の2回は、様々な事柄の思わせぶりをちりばめて、これは常套手段ですが、このアニメはとにかく、シンプルな白を主体に、赤と青のほぼ原色を同カットに配置していたり、色も、現実とは離れたまだらな感じで表現されている。そこまで大胆ではないが、クレヨンで塗ったような絵で動画を作っている、ようなものが見受けられるのです。絵作りで最近話題になったのは『モノノ怪』ですが、あれは造形が昔の日本画っぽいのであって、色のつけ方は、やはりそこまでこだわるにも限界があるように思われます。『true tears』は、キャラデザであったり、全体的な線としての絵は、ごく普通であろうとしていると思われます。たまたま、このような色使いのアニメを見るのが初めてだっただけで、過去にも結構ある手法かもしれないが、これは、怒涛のように生産される諸アニメの中で、存在価値のある作品であろうとするひとつのこだわりがあるように思われました。そして、このシンプルな中のワザの色使いは、音楽をユーフォニアスの菊池氏が担当して、シンプルだけれどもメロディにこだわった音を出している、ということにも通ずるのであろうと思われます。

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2008年1月18日 (金)

それぞれが別のベクトル

『狼と香辛料』。珍しく、ライトノベルもので自身も愛読している作品のアニメ化なので、他の作品よりも、いろいろと考えるところはあります。2話見終えて、感じるのが、音楽と映像とヴォイス・キャストの、それぞれの違和感。映像は、もっとも(特に背景は)原作の世界に敬意を表しているところが多いと思いますが、キャラクター・デザインの原作よりもの幼さと、あまりにも多いサービスカットというところの違和感。オープニング/エンディングの、それぞれの曲としてのクオリティは高いと思うが、作品世界との違和感。ロッキーチャックによる、ビートルズを思わせるナンバーは、思い切った解釈、と取れなくもないですが。そして、最も幼いと思えるのが、声優のキャスティングというか、さわやかすぎる。ホロの老獪さが聴く事ができない。それぞれは決して悪い仕事ではないと思うのですが、ベクトルがそれぞれ違う気がする。3本を一度に楽しんでいると考えれば、それは得した気分ではあるのですが。

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2008年1月17日 (木)

PTA

純粋に映画を見ての書き込みは、久しぶりだと思います。『THERE WILL BE BLOOD』。ポール・トーマス・アンダーソンの新作。若手にして巨匠の風格のこの監督は、1作ごとに、それなりの、過去の自分の文法の封印みたいなことをしているように思われるのですが、今回、大幅にそれが感じられたのが、『マグノリア』『パンチドランク・ラブ』に見られる、圧倒的に迫りくる感じのカメラワーク。今回は、可能な限り、カメラは動かすまい、とさえしているかのよう。固定の長回しも、そこには多大な作家性は見えてきますが。今回は、カメラはじっくり役者を写そう、というそういう感じですから、これは、さらに役者にはプレッシャーが大きいと思う。だから、ダニエル・デイ・ルイスぐらいの鬼気迫る人が必要なのでしょう。後半は、セリフも増えますが、前半の、特にフィルム1巻にあたる部分なんて、ほとんどセリフなしで、ドラマが映し出されていくから、そこでパンチ穴見えたときにはびっくり。これが2時間38分を一気に見せる監督のワザなのか、と関心。このワザは、『美しき諍い女』におけるリヴェットや、アンゲロプロスの『旅芸人の記録』のすごさに通ずるオーラに近づいている。終盤は、シェイクスピア劇的な悲劇に終結していくような感じ(雰囲気的に)で、こういうところもダニエル・デイ・ルイスでないと、というところなのかも。そして、マグノリアにしても今回にしても、一応、明らかな宗教に関しての描写はあるものの、宗教うんぬんということではなく、救済、ということに関して、この監督は考え続けているのだろう、ということは強く感じられた。

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2008年1月16日 (水)

年齢か

本当は、今日の話題を「映画サントラ」にするのも変な話で、というのも「映画サントラをここ最近、ちゃんとほとんど聴けていない(昨日、愛聴盤の話をしていますが、聴くべき絶対量が全然違う)」。10年前だったら、2日連続徹夜とかも普通にしていたなぁ、と思うと、体力とか年齢の話もありますが、この10年で、処理しないといけない情報量も圧倒的に変わったのかもしれないかなぁ、と思います。明日も、CDじっくり聴ける時間はなさそうなんですよね。

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2008年1月14日 (月)

柔らかいゴブリン

昨年は、スヴェン・リーベクの「INNERSPACE」のCD化にちょっと、本気で愛聴盤化してしまったが、2008年新年早々、愛聴盤化しているのが、これである。エンリコ・シモネッティとゴブリンの「GAMMA」。エンリコは、ゴブリンの中枢のクラウディオの親父さんで、親子共演で、SFテレビ・サントラものを仕上げた、ということなのだろうが、これがとてつもないイージーリスニングなのです。曲によっては、もろジェラール・ガンビュスがアレンジャーだった頃のポール・モーリアのサウンドであり、本人たちは、クロスオーバーなのかもしれないが、今聴くと、ジャズでもロックでもなく、イージーリスニングだ。モーリアかと思ったら、次は思い切りチプリアーニ風だ。硬派なゴブリンのファンなら、これらのサウンドは、相当ショックかもしれない。ジャクリーン・ビセットのお色気ドラマも担当したゴブリンですが。実は、この作品は、LPは出ていたのですが、知りませんでした。ジャケットも地味なだけに、こんなサウンドが出てくるとは、とかなりの衝撃です。

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2008年1月13日 (日)

最強の交渉人

TVKの土曜深夜アニメ群がいよいよ調子に乗って、夜の12時30分から4時30分まで、テレビショッピングひとつをはさんで7本立てという、すごいことになっている。この7本、結構、いずれも、あるポイントが特化して、存在価値のある作品ばかりで、かつ、ジャンルの似た作品はないため、楽しめるのですが、まず書きますのは、『破天荒遊戯』。これは、作風自体は、イケメンが登場しての、女子ファン狙いのものに見えるが、音楽をZIZZが担当していたり、オープニングがいとうかなこだったり、と必ずしも、普通?のイケメン・アニメではなく、もっと全方位的なものと思われます。主人公は女性(魔法使い)で、基本一話完結もののようで、探偵でもないが、ひとつの事件を解決するまでのストーリーで、この解決の方法が新しい。一見、誰かが死ぬ結末になるかと思わせて、誰も死人を出さない完結方法へ、かなり強引にもっていくのである。いわば、この女性の交渉術がものすごく長けているわけで(それなりの理屈を通している)、派手な魔法とかが華麗に炸裂するかと思いきや、そういうものを使わずに解決方法自体は地味なのだ。タイトルとは裏腹なストーリー展開が、逆に破天荒な作品である。

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2008年1月12日 (土)

NHKのデジャヴ

細かく書くのは、初めてだと思うのですが、NHKほぼつけっ放しのヘビーウォッチャーとしましては。NHK総合における「レポート」について。この「取材してきました~」みたいなコーナーのある番組は「おはよう日本」「いっと6けん」「お元気ですか日本列島」「ゆうどきネットワーク」「首都圏ネットワーク」があるが、この5番組でよくリポートの再放送的なものがある。詳細を調べていないが、ひょっとしたら、この5番組すべてで紹介したレポートもあるかもしれない。同じ取材した映像とレポーターが、いわば、日にちをかえてハシゴするのだが、今日、びっくりしたのは、市川海老蔵を松尾・首藤の「おはよう日本」アナウンサー・コンビがインタビューした映像が、先日「おはよう日本」でとりあげられたのは当たり前なのですが、今日、14時すぎの「お元気ですか日本列島」で、なんとレポーターとして、松尾・首藤アナが登場し、市川海老蔵インタビューの映像を紹介したこと。お元気ですか日本列島で首藤アナが見れるとは!! そういえば、これは昨日かな、その前日かな、「ゆうどきネットワーク」のレポーターとして、「いっと6けん」の前進行役だった結城さとみさんが登場。自分としては、今の阿部さんよりも、しっくりしていたので、なかなか感慨深いものがありました。

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2008年1月11日 (金)

喪失に関する物語

ようやく、いっぱいいっぱいのタネのひとつが本日終了したため、かなりホッとしている。いわゆるビールが旨い状態なんですが、そんなに体調絶好調ではないので、とりあえず、明日は平穏だな、というぐらい(ビールは飲みましたが)。

さて、久々のアニメ考。先ほど『CLANNAD』を見ましたが、・・・ゲームをしていないので、じっくりストーリーを知るのは、今回のTVアニメ版が初めてなのですが、これ、次々との特に「記憶の喪失に関わる物語」(記憶喪失をテーマにしているわけではない)になっている。KEY/ビジュアルアーツの物語は、どれも、”記憶を喪失すること”が重要な要素になっていると思われる。先日までの風子に関する記憶についてのエピソードは、ともすればホラーになりかねないプロットをユニークな解釈で見せるストーリーと感じ、おお、と思いましたが。それにしても、アニメでもやはり「喪失」に感動を任せているか。死や喪失は、(ストーリーとして)安易な逃げ道ではないか、とやはり思ってしまうので。

正月の2日だったろうか、NHKの深夜に再放送もので、『ウェイクアップ・コール』というドキュメントを放映していた。歴代のさまざまな宇宙飛行士たちの、朝の目覚ましのために、地球から贈られる「飛行士たちそれぞれの、思い出の歌や、家族からのプレゼントの歌」にまつわるエピソードをつづったもの。映像は、ほぼすべて、宇宙空間の映像なのに、そこに流れるのは「ロッキーのテーマ」だったり「ホテル・カリフォルニア」だったり「となりのトトロのさんぽ」「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド」だったりする。そして、それらには、それぞれ意味がある。無機的な映像と、人間臭い音楽がマッチする。このドキュメントにも、喪失を前提としている部分もあるのだが、そのドラマが構成するのは、すべてではない。このドラマの感動を支えているのは、宇宙と地球という、圧倒的な距離である。距離と時間は密接な関係にあるから、圧倒的な距離というのは、一定の期間における”時間の喪失”(それは911に宇宙にいた飛行士の話で如実に物語られる)を意味する。やはり根底には、喪失があるのかもしれないが、さまざまなことを考えさせられた。こういった、感動をもっと覚えたいものだ。これが、感動でしょう(たまたま、今、下川みくに「それが、愛でしょう」聴いていただけです。名曲ですね)。

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2008年1月10日 (木)

キッチン・ジロー

少し前、京橋のメディアボックス(旧旧シネセゾン)試写室で試写を見た帰り、近くにある、定食屋風洋食屋に入るのがパターンだった。そう、キッチンジロー。しばらく、その試写室に行く機会がなく(そこでよく試写を行なう配給会社から試写状が来なくなった??。行かなかったから、かも知れませんが)、しばらくぶりに行ったら、試写室に自販機はなくなり(昔はあった)、その試写室のあるビルの近くにあった自販機もなくなり、キッチンジローもなくなっていた。昔、京橋に多くあったオフィスが移転していったからだろうか。

 さて、ちょっと話は変わって、・・・もちろん、おしゃれなレストランは嫌いな自分は、自分なりに落ち着ける店を探すのに苦労する。今でも行くところといったら、新橋のカリカルとか、同じくカレー屋だが地下鉄丸の内の銀座駅近くの地下にあるカレー屋(すみません、名前が出てきません)とか、・・・ぐらいか。秋葉原も、アキハバラデパートがなくなったため、とり丼の店もなくなり、昔から入りたかった(この話は以前に書いた気がする)JR秋葉原の総武線の千葉行き側のホームの奥にあるそば屋(おもはそば屋と思う。ハンバーグ定食もあるが)などが、落ち着ける場所として残っているが、最近、見つけたのが、秋葉原に存在していた「キッチンジロー」だ。すっかり、定番になってしまって、今晩も、そこで済ませた。秋葉原駅の電気街口の、いかにも電気街側でない方(改札出て右側)に出、少しあると展開するUDXビルに向かう大きな歩道橋に上がるエスカレーターであがり、ひとつ道路をまたぐだけにしては大げさな地上遊歩道(でもないか)をちょっと頭上に大モニターに映し出される各CMをも風景にしつつ、5分ぐらいで、またエスカレーターで地上に降り、・・・という道筋で、キッチンジローに赴く。のが、今やお気に入りのルートになっている。この道筋が万博っぽいのだ、少しの瞬間なんですが。それにしても、われながら、食事ひとつにも、微妙なこだわりがあると思う。それは、おいしいランチを出す店、とか、そういう基準で選んでいるわけではないからだ。

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2008年1月 9日 (水)

大変な一日

何かをきっかけに久々に書かねば、と思い、今日は特にネタはないのですが、更新します。いや、それにしても、今日は大変な一日でした。というか、大変な一日、本当に大変な一日が、ここ最近、来る周期が多くなっている気がする。なんだか、大変な一日中毒、というか、大変な一日になっていることを楽しんでいると言うか。

 ちなみに、1/31で閉店と発表された「すみや渋谷店」にも、なんとか、お参りしたいのですが、なるべくいっぱいいっぱいじゃない心持のときに伺いたく、なんとか、いっぱいいっぱいじゃない心持の日が1月じゅうに作れるか、というのがなかなか難しかったりしそうですが、20日すぎごろにはちょっとゆっくりできるのでは、と思ってます。

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