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2008年1月17日 (木)

PTA

純粋に映画を見ての書き込みは、久しぶりだと思います。『THERE WILL BE BLOOD』。ポール・トーマス・アンダーソンの新作。若手にして巨匠の風格のこの監督は、1作ごとに、それなりの、過去の自分の文法の封印みたいなことをしているように思われるのですが、今回、大幅にそれが感じられたのが、『マグノリア』『パンチドランク・ラブ』に見られる、圧倒的に迫りくる感じのカメラワーク。今回は、可能な限り、カメラは動かすまい、とさえしているかのよう。固定の長回しも、そこには多大な作家性は見えてきますが。今回は、カメラはじっくり役者を写そう、というそういう感じですから、これは、さらに役者にはプレッシャーが大きいと思う。だから、ダニエル・デイ・ルイスぐらいの鬼気迫る人が必要なのでしょう。後半は、セリフも増えますが、前半の、特にフィルム1巻にあたる部分なんて、ほとんどセリフなしで、ドラマが映し出されていくから、そこでパンチ穴見えたときにはびっくり。これが2時間38分を一気に見せる監督のワザなのか、と関心。このワザは、『美しき諍い女』におけるリヴェットや、アンゲロプロスの『旅芸人の記録』のすごさに通ずるオーラに近づいている。終盤は、シェイクスピア劇的な悲劇に終結していくような感じ(雰囲気的に)で、こういうところもダニエル・デイ・ルイスでないと、というところなのかも。そして、マグノリアにしても今回にしても、一応、明らかな宗教に関しての描写はあるものの、宗教うんぬんということではなく、救済、ということに関して、この監督は考え続けているのだろう、ということは強く感じられた。

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