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2008年2月27日 (水)

リアルな意味不明BGM

『パーク・アンド・ラブホテル』。ぴあ関係の映画を見るのは久しぶりで、かつ、プロ中のプロ的なベテラン監督以外の日本映画を見るのも久しぶり。自分が、苦手とする、セリフを極力抑えた作品で、これはアート系監督の作品で劇場公開される作品の中で多く見られるもので、これこそ「映画的空間」だな、と感じる。そして、この作品のひとつの特徴は、なんといっても顔のアップの多用だ。しかも、顔のアップでの長回しも多い。映画の舞台としては、特異な舞台ゆえ、見るほうとしては、景色の中の人物像を見たいのに、それを許さない。が、風景(情景)のみのシーンも多い。このシーンでの情景からにじみでるものの多いこと。「夜のしじまの、なんと饒舌なことでしょう」とは某FM長寿番組のナレーションですが、まさにそんな感じ。2時間近い作品の中で、ホテルの玄関前、屋上を階段口から見た風景、そしてホテルの受付、の3カットがこの映画のほとんどに写っている。この限られた情景は『母べえ』もだが、あの精密に作られたセットとCGによる「情景」と、ただ古びた鉄筋ビルを写す「情景」では、リアルさが違う。ただ、後者のリアルを愛すべきものと思わせるところに持っていくのが、映画監督のなせるわざなのだろう。そして、日比谷カタンによるシンプルで難解な無国籍現代音楽が、ホテルの受付のどこからか、BGMのユーセン放送つけっぱなしのごとく流れている。それはシーンの説明的な劇伴でもソース・ミュージック的なものとも一線を画している。しかし、この意味不明場違い音楽こそもやぼったいほどにリアルなのだと思う。

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