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2008年11月26日 (水)

せめぎあい、より、しのびあい

『ヘブンズ・ドア』拝見。始まるや否や、別にアニメの実写化作品ではないのですが、アニメを見ている雰囲気にさせられる。おそらく、構図がアニメやコミックで見られるものに近いものが多いのです。そこに、この物語は、基本、日常的なストーリーだけで構成されるはずが、SF的な画面を多く取り入れて、さらに日常感を失くさせる。そこに、ところどころ、キメ台詞的に語られる、不自然なセリフ。この不自然なセリフは、何を目的に仕組まれるかと考えるに、「普通、ここでこんなことはいわない」のではなく「これはドラマなので、ドラマでこそ、ドラマらしい、恥ずかしいけれどそれらしいセリフを聴きたい」という欲求を満たすためにあるものなのだと思う。また、それは意図したもの、ということだろうが、演技者が示すもの、映像と音楽がめざすもの、そしてセリフが目指すもの、それらのベクトルがかなり溶け合わない気がする。この溶け合わなさがいいんだろうが、そのいずれもが、過去の映画の映画的な感触とは違う、というか映画的ではないものなのだ。もっとも映画っぽくあろうとしていたのは演技だろうか、と思うが、調べると11年前、の、ちょうどミニシアター的映画がもっとも熟成していた時にそれっぽく公開されたドイツの娯楽映画、がそれを懐かしむにしては、映画的なものを排した「映画」としてできあがる、というのは、なかなか、いろいろと考えるところを擁する。オリジナルとリメイクのつながり方は『時をかける少女』と同じものを思わせたが、あの、共に強烈に映画的な映画とはまた立ち居地が別のものだ。いい言い方が出てこないですが、『ヘブンズ・ドア』のような「過去の映画ファンにとっての映画的なものではない映画」は最近の日本映画(アメリカのインディーズもしかり)に多いが、映画的ではない、とは、映画以外の表現に長けてきた人たちが携わっている映画が多い、ということでも、ひとつはある。ただ、その映画以外の表現が大多数を占めたときに、以前、映画的であったものが、今やアンチになる、これはどのジャンルにおいてもそうなのかもしれませんが。今、一番、映画的なのは、アニメでありゲームなのでしょうから。

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