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2009年8月28日 (金)

レッツらゴー

無印で、もうバリバリ、サイズがピッタリのCD/DVDラックを発見し、早速MUJIドットコムの会員になったりして、泥沼なのですが、それはさておき、やっと、近くの本屋に『あまんちゅ!』置いてました。一度、バリバリ新刊だった時に、次でいいや、と思っていたら、即効、姿を消して、しばらく、行く本屋どこにもなくて、ようやく、入っていた。『ARIA』の天野こずえの新しい作品です。タイトルからもわかる通り、そして、この作者だから、海女のことだな、とはわかっていたが、読んでいくと、海女(だけど)というよりもダイバーの女の子の話である。それも、女子高生ダイバー。主人公らしき女の子ふたりと、彼女らが通う高校の担任の女教師の計3人がどうも主軸のようで、『ARIA』の主軸4人(3娘+アリシア)と思しき構成に似た感じ。今回は、SFではないし、どうも現代だし、どうも日本だし、アニメ化するなら、やはりサトジュン・チームなのだろうが、音楽はショーロ・クラブより村松健さんだろう。が、ショーロ・クラブの沢田譲治さんも映画『群青』でそれっぽい題材を作曲していて傑作だったので、この線も捨てられない。

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2009年8月27日 (木)

スパイロ・ジャイラ『フリータイム』

実家に帰った時にいつもなんとなく聴いてしまうLPがあって、だが、なぜか、こっちに持ってくることがそういえばなかったものにスパイロ・ジャイラの『FREETIME』がある。なぜ2009年の夏に、というのがあるが、先日のミッチェル・フォアマンじゃないけれど、原点回帰なんでしょうか。本当は、探したのは、同じスパイロ・ジャイラの『DREAMS BEYOND CONTROL』で、このアルバムの年代の微妙さ加減で廃盤だろう、と思っていたらやはり廃盤で、でもアマゾンに中古があったので、注文。とある理由で、自分にとって、メモリアルなCDなのですが、こんなもの、絶対もっているはずとタカをくくっていたら、どうも見つからない。そうすると、無性に聴きたくなってくる。ということなのでした。スパイロ・ジャイラって、もう絵に描いたような「フュージョン」だと思う。自分でも、強烈に、うわあっ、という理由は見当たらない(例えば、ボブ・ジェームスやアール・クルーや松岡直也には見当たる)のだが、なんか聴いてしまうのでした。で、この人たちといえば、『モーニング・ダンス』とかなんだと思いますが、初期の頃のいかにも、ラテン・ジャングルなジャケのものから一転、この『FREETIME』ジャケはおしゃれに思えた。当時。81年作品というから、16~17歳。高校生か。そういえば、クラスメイトにも、フュージョン・ファンはいっぱいいて、聴きあっていた。そうか、この当時、高校生はフュージョンを聴いていたのだ。で、その『FREETIME』のCDをようやっと手に入れて、聴いている。なんてことない音なんだろうけれど、愛聴していたことがよくわかるサウンドだ、と自分なりに納得している。少し前に同理由で、カシオペアの『フォトグラフス』もアマゾンで買ったが、これも廃盤で結構いい値段がしてしまった。アール・クルーも、自分が聴きたかった『クレイジー・フォー・ユー』や『ロー・ライド』は廃盤で、やはりいい値段だった。自分の青春時代の音は、今、最も中途半端な時期なのだな、と感じずに、いられなかっ、た。(終わり方が津嘉山正種風に)

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2009年8月25日 (火)

駅から遠い

みなとみらいのシネコン、駅から遠い。さて、そこで、ようやく『サマーウォーズ』を鑑賞。いろいろな、疑問は残るが、それらは、この作品が達成したもろもろの事項に比較すれば、些細なことなのだろう。さて、なぜ「ズ」なんだろう。戦いはメインのものと、高校野球地区予選をあわせて「ズ」なのだろうか。こんなに電脳側のストーリーが多いとは思わなかった。確かに、全世代に見てほしい、という意図があるならば、電脳部分率が高いことはいわない方がいいのでしょう。なので、3世代で映画館にいけば、とりのこされる人もきっといるだろうけれども、それよりも、これが今どきの家族映画なのだ、ということである。2次元の世界での生き方を得意とする少年が、3次元、そして大勢で生きることの楽しさを知り、「大勢で生きること」は、2次元世界でも感じることとなる。電脳側の世界は、まるで真鍋博の世界が動いているかのようだ。真鍋世界で生きてみたい(万博世代は、そうだろうかな)人間にとってはたませない仮想世界。アバターでの戦い、ということで、見た目にも飽きさせない作りとなっている(が、ここが、とっつきにくい人を生み出すかもしれないところではあるから、ここは英断でしょう)。ものすごい地球規模のストーリーながら、長野の家を実はほとんど出ずに、みんなひきこもって展開している話というのだから、これまた気づくと痛快。このストーリーには、今までの「ストーリー」に突っ込みを入れていた側が、じゃあ、おまえだったらどういう物語にするんだ、的に練られている気がする。果たして、多くの映画(物語)制作者は、作りあがった作品について、「自分は、この映画を見たいか」という命題に、果たしてイエスといえるだろうか。

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NOT GUILTY

まずは、いつもは深夜まで起きていられない日曜の26時以降、今週は、翌朝の起床時間を気にしなくてよかったため、やっと『化物語』を見た。全くもって、新房作品だった。何も知らずに見ても、シャフト製作以外ありえない画面作り。というか、他のアニメ会社が、こんな作画しても許可おりないだろう。さすが、それまでの積み重ね勝ち。マジなシャフトといえば、『ロゼッタの肖像』ぐらいまで遡るしかなく、そう気にし始めて見ていたのが『月詠』(この時点で既にネミココモードとかやっていたからなぁ)あたりぐらいからなので、どうかと思っていたが、マジなハズの題材をナナメから見ようということなのだな、今回は。モロ『絶望先生』なテンポ、今更説明不要の、シャフトもののトレードマーク手法がこれでもかと繰り返される。気になったのは、神前音楽で、なるほど、さまざまな”パチモノ”的感覚をポップに雑食していたサウンドは、シャフトにあっているのかもしれない。あのシーンはサスペリアでしたな。さて、昔から、何度も使われている字カット挿入は、記憶的には『けんかえれじい』だったっけ?、というのも、大学時代に同じ大学の映研の人間が作った『NOT GUILTY』という短編があって、その作品も、字だけのカットを何度も挿入し(この作品は、その間に「NOT GUILTY」というタイトルと監督名のクレジットをこれでもかと入れてくる)それでリズムを作る、というものだった。清順(だったと思う。おぼろげ)作品からのヒントは、作品の中盤で、唐突にタイトルが出る、というアイデアだったと記憶している。で、今回の『化物語』でNOT GUILTYときたから、ちょっとびっくりした。他にも、共通の元ネタはあるのかもしれない。さて、SUPERCELLのまた話だが、TVサイズは2番を歌っているというワザは初めてだ。なので、CDを聴いて、ああ、なるほど、こうなって、ここにくるのか、とわかる。なんか、TVと映画のコラボとか今はやりだが、主題歌としての曲と、アーティストのシングル曲としてのアイデンティティの共演みたいな感じで、これは新しいアイデアだ、と自分は勝手に(昔から、そんなのいっぱいあるよ、といわれそうなので、あくまで、自分が初めて気づいただけです)。
さて、先週、海側のメイン会場は訪れた横浜開国博の「ヒルサイドエリア」へ。中山駅で、初め、ズーラシアのとなりに会場がある、と聞いていたので、ズーラシア方面行きの有料バスに乗ろうと南口へ行くと、北口から「ヒルサイドエリア」行きの無料バスがあるという表示が。あわてて(あわててない)北口へ回る。といいつつも、なにせ16時ちょっと前。こんな時間から、こういうところにいこうと思う奴も奴だが、バスは、朝だけ、とかじゃなくて、運行していた。「まもなく発車しまーす」と大声を張り上げてくださる声があり、ちょっとはずかしながらも、ダッシュしてバスへ。おっと、貸切でした。しかし、シャトルということは、乗っていなくとも、会場へは走り出すバスなので、無駄なことをさせたわけではない、と言い聞かせる。・・・・遠い。30分弱は走ったんじゃないか。こんなに森の奥とは思わなかった。里山を楽しんでもらう、とは書いてあったが、本格派だった。着くと、それは予想通り、愛知万博の瀬戸会場的な、市民手作り展示感覚だ。メインゲートみたいなところを通って、中に入ってのボードを見ると、展示団体は、週変わりのようである。全体的な雰囲気を楽しみ、売店、みやげもの売り場のところへ。なんか悪い癖で、展示について話をして下さる方のことより、この会場のどこからどこまでが、常設的な設備で、それを今回のためにどのぐらい加工しているのだろう、とかそんなところばかり見ようとしていて、全然、すみません的な入場者であります。ただ、まさに、里山の真ん中的なところに今、自分たちはいます、という実感はなんとなくあって(普通に鳥などの自然音が360度で聞こえてきているということや、風の匂いとかで)、それだけで、不思議な感覚ではあった。とすると、17時前(会場には、30分ほどいたことになる)、(会場を去る前に売店で、焼きそばを食べている)に、局地豪雨がやってきた。やってきそうな気はしていたので、今日は、折り畳み傘を持ってきていたので、なんとかなったが、これは会場にはいられないぐらい豪雨。本当は、帰りも、中山駅行きバスに、と思っていたが、すぐには来なさそうで、バスがスタンバッていたのは「鶴が峰」駅行きのみ。その駅がどこにある駅かは知らなかったが、どうにかなるし、そこからの道中もまた楽し、とそのバスに乗り込む。これまた、30分弱、豪雨の中をバスは走って、鶴が峰駅へ。
関係ないが、急に、久々にギョーザを作りたくなって、でも、すっかりテフロン加工がとれて玉子焼きひとつきれいに返せなくなっているフライパンを買いなおすべく、近くのスーパーに行ってビックリ。フライパンが378円!!ギョーザの皮の倍もしなかった。ヘタしたら、ギョーザの皮の方が高かった。そう、ギョーザを円形に並べて焼いて、フライパンに大皿をかぶせて、フライパンごとひっくり返して・・・まあ、焼き加減も今までにないグッドな出来で、さらのフライパンで作るには、オムライスもですが、ギョーザも外せませんね。

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2009年8月20日 (木)

たねまるグッズは買わなかった(迷ったけど)

日付が変わっているので、2日前に、横浜開港博の一部に行って来ました。やはり、万博ファンとしては、それっぽいものは、行っておかないといけません。ちょっと昔の横浜で行われた万博っぽいものに、行っていないのが、今更ながら悔やまれます。その頃は、仕事以外、本当に全く時間取れなくて、視野が狭かった、という感じが今となってはしております。さて、今回行きましたのは、会場中、華やかそうな港側の会場ですが、ひとこと、会場確保の苦労がしのばれる、という感じです。土産売り場から、奥に入ると、「ワールド・レストラン」的なタイトルを抱えているフードコート的なものがあり、その雰囲気は、確かに愛知万博の雰囲気を彷彿とさせるものがあり、ちょっと感動。が、すぐに食事を取りたい腹の雰囲気でなかったため、ほかの展示物へ進むことにする。パワーショベルをデコレーションしたクモの怪物っぽいものは、動いていないブツだけを見つつ、ほかの展示物を見る。ここもフードコートっぽいものがあるが、2店舗中、チャイニーズっぽいものが、なにかの事情で閉店していた。場所を移し、バルーンっぽいものと、映像を見せるらしい建物のあるところへ。その映像の次の時間までちょっとあったため、この時間を利用して、と、さっきの初めのフードコードへ急いで戻って、一番絞りとチヂミを注文する。やはり、こういう時は、このメニューでしょう。チヂミは、ちょっと塩辛い気もしたが、美味しかった。しかも、量が多くて、安い。こんなところで、安いというのも意外。で、また急いで、その映画上映のところに戻る。映画というか、フィルムではないと思うが、岩井俊二脚本・プロデュースで北村龍平監督のアニメ「BATON」。全部で3部に別れているらしく、ひとつは20分弱。わかるが、よくわかるが、かなり恥ずかしい感じがする作品。見ている方が恥ずかしい、というのは岩井作品はいい意味でいつもありますが、しかも、今回は、催事での映像、という特殊性もあって、こんなものかな、なんてえらそうに思ったりする。万博っぽい会場ではあるが、ちょっと頭の中にハテナ印もありつつ、次の、ニッサンのパビリオンらしいところに移動する。・・・・つまりは、これらのパビリオンっぽいものがまあまあの距離に点在するところが、一般的な万博と違うところで、苦労をしのばせる。ニッサンのパビリオンは、コンパニオンもたくさんいて、(どうも、愛知でのトヨタを意識しているような気もしましたが)これもトータル20分弱のハイビジョンもの。ですが、こちらは、さらに展示映像っぽく、ひたすらスペクタクルを見せたり、未来の子どもたちがうんぬん・・・と万博っぽいコンセプトになっている。2作品の上映、ということになっていたが、ともに、音楽が内池氏でNHKっぽい。この辺も含めて、万博っぽくて、最も満足。その後、象の鼻会場や、大さん橋やらにも足を向け、なんだか、今更ながら、の「横浜観光」をした気分がある。もちろん、それが目的なのだろう、とはわかりますが。愛知万博トラウマといえば、スリランカ・カレーでして、今晩は、ちょっと久々に、それ風なものを。ちょっと前にタイ香り米を買ってそのままにしてあったものを鍋で炊き(炊飯器だと、この米は不安なので)、チキンコンソメを溶かした中にチキンにたまねぎ、キャベツ、しいたけ、そして少しエノキとカシューナッツ、そしてここがミソの厚揚げを入れて、ビン入りのインドカレー・ペーストを入れて、ココナッツミルク・パウダーと、先日来のすだち果汁入れて、出来上がり。豆腐系を入れてココナッツミルクを効かせたカレーをつまりは作りたいわけです。

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2009年8月18日 (火)

言いたくなる名前

SUPERCELL「君の知らない物語」を聴きながら、不思議な思いがしましたのは、もう最近は、「作品」というものにある年齢以下の世代はこだわらないものだと思っていたら、そんなことはどうもなくて、いわゆるプロプロした人間たちが作るものには(全体ではなく一部の話だが)興味を示さず、自分たちの作ったものの中で、「名作」というものが実は生まれている、ということをプロ側の方が知らない、ということなんでしょう。まさに「君の知らない物語」であって、何とも意味深なタイトルであることか。今回のSUPERCELL(これに似た団体?は無数にあるのかもしれない)は、団体だが、バンドでもなく、SUPERCELLの作品が曲だけではなく、商品すべてを含めてのことである、とわかる。もちろん、曲も普通に、いい。普通にいい、というところがおそらくミソだ。飽きない味ということだろうか。SUPERCELLのつながりは、少し前からの、新房昭之監督作のアニメのエンディングで、仲間のイラストレイターやマンガ家に一筆いただく、というスタイルがあるが(最近は、シャフトもののみならず、かなり一般化していると思われるが)、この感じが、そのハシリのように思われる。何につけ、今までの「作品」や「アーティスト」という観念を一度崩してみる軽やかさというすごさを感じさせずにいられない。なんていいながら、先日来のアナログのCD落としでちょっと癒されて、「水曜日の夜」「ディック&ジェーン」「警部マクロード」などなどを久々に聴いている。話戻りますが、そこまで緻密に考えられているのかどうかは不明だが、SUPERCELLのすごいところは、まずは、なんか、この名前のかっこよさ(プラス口にしやすい)で、つい、言いたくなる名前、ということにもあるんじゃないだろうか。映画のタイトルで自分は、以前からその話をしていますが、なんとなく、口にするとかっこいいタイトル、全く字ずらだけですが「ダウン・バイ・ロー」「唇からナイフ」「花とアリス」あたりはそんな感じじゃないか、と思う。

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2009年8月16日 (日)

カラベリ「二人の日曜日」

真夜中に和風スパゲティなど作りながら(醤油とすだちって、合いますね。わかってはいたんですが)、そのBGMに、ターンテーブルにのっけたままだったフランシス・レイ『ブローニュの詩』A面を聴く。一曲めの「エモーション」という曲を聴いたときに、ああ、当時、確か、この曲CM曲だったんだ、と思う。それで、当時、久々のレイのアルバムを出すきっかけとかあったんだろうな、と。うれしかったのは、A面ラストに「愛よもう一度」のテーマインストが入っていたことで、さんざん、当時FMで聴いていたはずなのに、これには入っているだろう、これには入っているだろう、と思って入手したいずれにも入っていなかった記憶があったのだ。そして、そのレコードをしまって、自分では個人的に、イージーリスニング・アルバムとしてベスト・ワンなカラベリの『二人の日曜日』をかけて、真夜中に癒される。全体的に穏やかなこのアルバムは、イージーリスニングとニューエイジの狭間にあった頃のイージーリスニングのひとつの指針的な音のような気がしている。通常、イージーリスニングといえば、ヒット曲レパートリーをどうアレンジするか、なのに、カラベリが全曲オリジナルというのも、異例である。これに似た例は、ほぼ同時期に発表されたはずのクロード・チアリの『ニースの誘惑』ですが、これは、個人的にイージー史上ベスト2のアルバム。もちろん、リアルタイムで体験していることはあるが、他にも、リアルタイムで聴いているアルバムは無数にあるので、それなりの理由はあるはずなのです。パーシー・フェイスの70年代以降とか、ポール・モーリアの70年代後半などの音も好きですが、この2枚は群を抜いている。なんか、時代の流れ的に、CD化されることはなさそうな2枚ですが、伝説にもならなさそうなアルバムであるところが、われながら、自分らしい趣味だな、なんて思うのでした。   

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2009年8月15日 (土)

MITCHEL FORMAN "NOW AND THEN"

引越し関係で、いろんな発見があって、・・・というか、ここ数年、自分はどうやって生きていたんだろう、と思うぐらい、おそらく、何年も、このままになっていたんだろう的なものが無数にある。そのうちのひとつ。完全に忘れていたのだが、80年代後半から、90年代前半にかけて、手に入れていたはずの諸々のCDが手元になくて、そういえば、どこにいったんだろう、とよぎることはあっても、真剣に考えることはなかった。そして、引越しの時に気づいた、黒いCDファイルバッグ10数個。多分、1つに100ぐらい入るもの。はたと気づいて、それをあけて見た。真剣に探してはいなかったが、いつか、買ったはず、のCDがざくざくと見つかった。こんなもの買っていたのか、という(自分で買っているのに)ラッキーと思った盤も数枚合った。そして、記憶のかなたにあった、想い出のCDも。ということで、MITCHEL FORMANの『NOW AND THEN』である。世間の評価は知らないが、自分は、このアルバムが理想の、自分の聴きたいピアノ・ジャズで、これに近いものを、その後、探すようになった。品のよさを保つ中でのアバンギャルドさ、というか、ムード音楽ではないが、うっとりする。昨日はそういえば、DAVE STEWART & BARBARA GASKIN『UP FROM THE DARK』を発見。これは、まさに聴きなおしたかったCDだったので、「I'm In A Different World」が流れて、ちょっと鳥肌が立った。これは、聴いていたのは、大学時代のはずである。何を思い出すわけでもないが、もやもやっとした走馬灯が頭の中にある感じがした。

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2009年8月13日 (木)

落葉の並木道

神田にある、とある出版社での用事が終わって15時すぎ。19時のZEPP TOKYOでのMay’nライブまで時間あり、一度家に帰るには時間なし、ということで、少し前にも訪ねたが、その時にはゆっくりみることができなかったので、神保町レコード社へ。実家の大阪方面で、イージーものを多くおいていた店がなくなっていたのでショックで、越してきた部屋では、ちゃんと久々にプレイヤーにスピーカーをつけたので、レコードライフを満喫できるようになり、いまさらながらに、イージーリスニング魂に火がついているのだった。イージーものがたっぷり置いてあるのは、サントラも含めて、ここは信用ができて、じっくり品定めできた。世間的にはレアでもなんでもないが、個人的に聴きなおしたかったので(実家にはあるはずなのだが)ジョニー・ピアソン『落葉の並木道』『ラブ・プレリュード』、カラベリの『ジェット・ストリーム78』、フランク・プゥルセル『プレイズ真夜中のカーボーイ』、前に来店したときにもあって気になっていたヒューゴ・ウィンターハルター『LOVE STORY』、フランシス・レイ『ブローニュの詩』、スティーヴン・シュラックス『愛の航路』、そしてこれはしらなかったが、ニコラ・デ・アンジェリスが音楽担当したらしいフランスのテレビ・サントラ『MARIA』、サントラで、まだ確か持っていなかったジャールの『ザ・メッセージ』、謎のミカリッツィもの『PASSIONI』、とこれだけ。久々に堪能とはいえ、買い込みました。2週間はもつでしょう。さて、一度、書いておこう、と思った話。これは、別に、そのライブとか映画とかがつまらない、というわけではなく、すべての時間に当てはまるのだが、どうも、自分は、小さい頃から、何か特別な時間を過ごしている時に、それが終わって、自分の部屋に帰った後の自分を想像してばかりいる。まあ、例えば、今日はハードワークな一日だぞ、という時に、それらをすべて片付けて自宅に戻った時の自分を思う分には、それが実現したときにホッとするわけだけれども、そうではなく、旅の途中や、本当に楽しみにしていた映画を見たりしているときでさえ、その感覚に襲われる。マイナスはもちろんだが、プラスの感情の起伏にも、どうも、自分は抵抗があるようである。まるで、プラスのことも含めて、何も起こらないことを欲しているかのようだ。でも、確かに、何も起こらない、ということは幸せに思っているところは多分にある。

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2009年8月11日 (火)

玉ねぎのみりんじょうゆ焼き

『ラジオ深夜便』にハマって久しい。『ラジオ深夜便』の想い出は、やはり10数年前の、今の職業の前の職業の頃、ほぼ毎日、深夜残業後、タクシーで帰宅する際に、タクシーで必ず流れていた(多分、今もそう。最近はタクシーは乗りませんが)のが、この番組。それも、いくつか印象に残っている曲(というかジングル)があり、それを聴きたいという気持ちがずっとあったのでした。今は、この番組を聴きながら部屋の片付け(まだ終わらない)をするというのが日課のひとつですが、ジャストの時間(1時、2時、3時)のニュースあとのジングル、これが、自分が耳にしたい曲でありました。これらの曲を聴くとき、なんか癒されます。この番組の想い出は、前述どおり、全くもって楽しいものではないはずなのに。同じ例は、その前職時、とある地方ホテルから出張先に通う毎日を過ごしていたときに、深夜の夕食をホテルの隣にある居酒屋でとり、そこで、いつも頼んでいた(正式メニュー名忘れましたが)「たまねぎのみりんしょうゆ焼き」。要するに、そういう料理で、これは、今でも、よく自分でも模倣して、なんとか思い出の味に近づけようとしているが、これも、いい想い出じゃないのに、離れられないものがあるのである。『ラジオ深夜便』に戻るが、この番組の多くのプログラムは、50~70年前に青春時代をすごした人が楽しめる構成のものが多い。80年代ものもたまにあるが、それは「最近の音楽」と解釈される。この番組の中では、それが自然である。さて、これらを通して聴いていると、確かに、80年代よりも、20年代~50年代あたりの音源がオンエアされている時のほうが、刺激が強いし、堪能させてもらうことが多い。決して、自分にとっては、懐かしくはない(例えば、裕次郎にしろ東海林太郎にしろ、のナンバーだと、リアルタイムに聴いているわけではないが、昔から聴いている曲ではあるので、懐かしくはないが、なじみのある曲ではある。そんななじみ、でさえない昔のナンバー)曲に、優しさとすごさを感じさせる。それは、昔はよかった、とか、そういうのではない、自分の知らない時代の空気に触れるときの感触でしょうか。

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2009年8月 8日 (土)

元近鉄特急

さて、8月6日。実は、帰ってしなければいけない諸々は山のようにあり、かつ、今日は、静岡は雨、と聞く中で、前日まで、やや、さあ行くぞ、という感じだった気分が萎えかかっていたのだが、決行。9時57分掛川。前日の新所原駅前のヤマザキショップ(スーパーではなく)で衝動買いした、ランチパック(このランチパック、ワルノリといってもいいぐらい、ものすごい種類のいろんなものがでているらしいとはサイトでは見て知ってはいたが、常識的な味のものしか店頭では見たことがなかったため)の 「キャベツメンチカツ」をホテルで朝食として食べたのみで、朝になったらなんとかなるだろう、と思っていたらサテンすらない掛川の朝にちょっと愕然としつつ、大井川鉄道の起点、金谷へ。ここでまた愕然。たしかに、運賃は、調べていなかった。乗り換えの千頭まででも1810円!!手持ちは千円札7枚。駅の近くにATMなんてしゃれたものはなさそうで、地図を見ると、銀行はおろか、郵便局までも、ちょっと歩く距離。ギリギリだったが、腹をここは据える。10時49分、金谷発。昔の近鉄特急の車輌だ。しかし、しばらくの間は、民家も限りなく多く存在する町並みを通り、なんだか、観光鉄道100%ではないことにほっとしたりする。大井川に沿って走るため、なかなか景観は悪くないな、とは思いつつも、井川線に入ってからの凄まじさを見ての帰りは、その感はなかった。千頭に到着する直前で、窓の外から豪雨とわかった。千頭に着くや、時間があれば、いろいろと見たいところを、接続時間はなく、かつ、激しい雨。急かされつつ、乗り換えの、井川線の列車に乗る。これが想像を絶していた。まず、客車が小さい。なんと扉は手動。冷房がないところは多いが、2009年に、このシステムの鉄道が運営されているのが凄かった。しかも、もともとが資材運搬目的のルートのため、景色としても、想像を絶する場所ばかり通る。そこへ、ここのところの局所集中豪雨だった。途中で、日本一の鉄橋、と称する鉄橋で止まったが、これは、高千穂の鉄橋が亡くなったから日本一になった鉄橋なのだろうか。と。井川に着く。が、集中豪雨のため、楽しむ雰囲気も少なく、そういいながら、何か、と「イノシシカレー」を買う。そして14時25分。同じ鉄路を下るのだが、雨はやまず、強烈にスリリングだった。そして、千頭に着くと、雨は小降りになっており、ここでもわざと一本遅らせ、千頭探索としゃれ込んだ。が、しゃれ込もうとしたのが自分ひとりだったためか、全ての店は開ける気配はなかった。が、「カレーショップ」と名乗っている店が、まだ看板をかけていた。キャベツメンチカツ・サンド以来、駅そばさえ見つけていない自分は、迷わず(ちょっと迷った)、その駅の建物の二階の店に入ったら、店のおばさんが電話をしていて、ちょっと、しまった、という表情をした。予想通り?開店中、は、閉店にかけかえるのを忘れていたためだったのだ。「飲み物しかできない」といったその人の言葉の最後に「か、チャーハンぐらい」といってくれたのは、やさしさだったと思う。その店のメニューにはない「チャーハン」を作ってもらうことになった(何しろ、カレーショップなんだから)。まさに、普通のチャーハンだったが、その普通のチャーハンが感激で、静かに650円を払って、千頭散策に戻る。といっても、ここも、散策範囲が広くなく、どこも閉めていた。広い、駅の待合で、ずっと、地元の、か、女子中(か高)生ふたりがずっと座っていたが、駅前の店にアイスを買いに行った。そう、アイスの店だけは開いていて、学生が、その子たちも含め、群がっていた。駅の売店がシャッターを閉める頃で、前述のチャーハンを作ってくれたおばちゃんがグチをこぼしに、その売店のおばちゃんのところに来る。と゜うやら、ノラ猫に困っているらしい。そんなこんなで、しばらくぼーっとしていると、帰りの、元近鉄特急がやってきた。帰りは、車内の冷房が強烈に寒くて、座席の中で地味な運動を続けてクシャミをこらえていた。

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エアコン付の商店街

「浜松市野」に、イオンのショッピングモールがあるはず。その、浜松市野って、そういえば、どこなんだろう、ちょうど、この遠州鉄道は、浜松の北部の真ん中を突っ切っている感じだが、その「市野」の近くにも、いくんじゃないか、と。そこで、風景観察もそこそこに、ケータイでイオン浜松市野の場所をチェックし始めた。どうも「自動車学校前」が最寄らしい、ということがわかり、まだ半分残す遠州鉄道の途中駅で降りるも、全く、そんな気配や駅の表示などもなく、ケータイで調べた道順を歩くことにする。20分ぐらい歩けば、あるはずなのだった。この感じ。房総のシェイクスピア・カントリー・パークや、昨年の、1時間歩いた道を引き返した亀嵩駅までの歩行のことを考えると、赤ちゃんのようなものだが、歩きながら、本当にこの道で合っているのか、という不安感全開の道のりだった。雨がポツポツと降り始めて、千葉県の悪夢がふっとよぎり始めた頃に、雑草の茂みにそそりたつイオンを発見。周囲には、気配すら感じさせない一体に、急にイオンは現れる。イオンらしかった。あまりにイオンらしかったので、雑草とともに、デジカメに収めた。そして、ギャップを楽しみに、中に入る。実は、ちょっと腹ごしらえをしたい、という考えもあったのだった。結果は、当初、身構える予定だったほどの規模ではなかったが、十分に「新世紀の、エアコン付の商店街」だった。町の人は、みんなここに退避してきているのじゃないか、と思えるほどのオアシスになっていた。ただ、構えている店が地元発祥店舗ではないのが、寂しく、旅人であるこちらとしても、ちょっと寂しかった。旅の途中でイオンに入る人間もどうか、なので、そんな人間にどうこういう資格はないのですが。といいつつ、薄いお好み焼き(関西出身者としては、あれはお好み焼きではない。もどきですら、ない。別の食べ物だ)を食べたり、ナシゴレンの素や、クスクスを買ったり、とか日常の買いものなどもしつつ、もうこうなったら、残りはバスで浜松駅まで、という気はマンマンなのでした。もちろん、そういったバスは出てまして、そこから掛川までJR。掛川でビックリは、お姉ちゃん目当ての酒場以外の、例えばラーメン屋やカレーショップみたいな店はなく、夜は、ローソンの弁当で済ませる事に。さて、この週は、NHK-FMでクロスオーバーイレブン2009がある。月曜、火曜が聴けなかっただけに、ホテルの部屋で、FM聴けることをチェックした時には、内心騒然。10時に早くもNHK-FMに合わせると、その時間帯は、なんと中川ヨウさんとマガジンハウスの社長をゲストに、ドクトルめぐが司会で「渡辺貞夫特集」という幸福なプログラムがオンエアされており、しかも、愛知万博のシェア・ザ・ワールドまでかかり、そこからクロスオーバー・イレブンへとなだれ込んだ。ついでに、ジェットストリームも楽しむ。

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激しいデジャヴュ

久しぶりに書き込もうとしたら、ログインの方法さえわからなくなり、それやこれやで様々なタイミングを逃し、結局、またもや、旅行記のタイミングでの書き込みとなりました。2009年8月5日。ここ、数ヶ月、引越しのために、遠出どころか、映画さえ見ていない。部屋は、まだ散らかっているが、大分、メドは立ってきた、と自分に言い聞かせ、このままでは、今年はなしになってしまう、夏の”乗り”を決行することにする。
といいながら、関西方面にいる人間が関東に戻るタイミングを見計らっての”乗り”なので、九州とか東北というわけにはいかず、とすると、ほとんど乗っている路線ばかりで、しばらく思案した。そして、ありました。大井川鉄道。ということで、ここは、鉄道ファン以外にも既に有名な観光鉄道ではあるけれど、乗っていない、というのもどうか、というのはあるわけで、目標はできた。そして、しかし、どうも自分の納得のいく時間配分の旅になりそうもなく、あわてて取った掛川のホテルに泊まった”後”に決行することとし、そこで、その日の前日にあたる、この日、旧二俣線の天竜浜名湖鉄道に乗ることにした。といいながらも、どうも、過去に乗ったような気もしたのだが、他に選択肢がなかったということもあります。豊橋13時32分着。本当は、新所原で食べたいところだが、過去の例からも、こういった駅前は何もない危険性もあるため、豊橋の駅ビル中の、絶対東京にもあるはずのそば屋のチェーンで昼食。新所原14時16分。旧二俣線は、その時間で連絡されていたが、恒例でわざと一本後のものに乗るとする。下車して、エンドレスエイトのキョンじゃないが、もう激しいデジャヴュに襲われる。放射線状的に駅前から出ている道路。その真ん中の道路の奥に、近くで唯一っぽいスーパーが見える。しまったのは、駅から出てすぐにそば屋があった。少し行くと、お好み焼きは作ってくれそうな、近所の小・中学生がお客さんのメインと思われる店や、年配の常連用っぽい飯屋もあった。が、いずれも、一見がフラッといって、おばちゃん(おっちゃん)の一服のひとときを破るのはためらわれるような雰囲気をかもし出している。ちょっと歩くと、交叉点の左すぐに本屋らしき店。中に入って、しばらくいろいろ見るが、ここも、空気読んでいない客が来た感を醸していたので、すぐに店を出る。そうこうで、14時50分ぐらいなので、駅で時間を待つのも嫌いじゃないので、駅に入る。ホームに入ると、ホームの手前で遊ぶ小学生を駅員さんが注意していたりする。15時20分、天竜浜名湖鉄道天竜浜名湖線のディーゼルが走り出す。右手に浜名湖が見えると思い、右側に陣取るが、意外に、そういうよりも生活路線で、時々、森をかき分けるようなものすごいところを通るけれども、町と町を結んでいる路線であることがよくわかる線。途中、どこかの駅で降りようと、始めは、天竜二俣までの切符を買ったのだが、そこで時刻表を見ていると、途中の西鹿島から私鉄がある。これが気になった。西鹿島から乗り換えるか、そのまま二俣線を掛川まで行くか。で、前者をとることにした。西鹿島でおりる。時刻表を見ると、その遠州鉄道は、12分間隔でくるほどの、ちょっと第三セクターの路線とは一線を画すダイヤになっていた。西鹿島に旧二俣線がたどりつくまでに、ちょっとすごい所を通ったのだが、西鹿島前あたりで、急に開けた。平野(へいや)!!という感じだった。遠州鉄道の意味がわかったような気がした。西鹿島で降りる。駅前は、時をつぶす感じの雰囲気はなく、駅前をデジカメでチェックして、すぐに遠州鉄道に乗り込む。昔乗った、静岡鉄道とか近鉄田原本線と似た匂いがする。さて、今度は、この遠州鉄道で、新浜松まで行くつもりだったのが、また、変な色気が出てきてしまったのでした。

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