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2009年10月28日 (水)

裸足のエマ・トンプソン

『新しい人生のはじめかた』拝見。大スター共演なのに、こういった地味な人間ドラマは、もう公開されないのだな、とちょっとあきらめていた作品のひとつ「LAST CHANCE HARVEY」である。サントラは、アメリカ公開時に聴いていて、その時は、抽象的だが、楽観的で心地良いニューエイジ・ミュージック的な印象をうけた。再度聴き直すと、あのスペインのネオ・イージーリスニング・アーティストのVIGILの音色にすごく似ている。ドラマは、小ぢんまりとしていて、低予算作品ならではの、対象を絞ったドラマの広がりで、ストーリーは絞られているのに、役者の名演で、その描かれていない行間を推測させる。ダスティン・ホフマンとエマ・トンプソンの実年齢よりは、マイナス15~20歳ぐらいのドラマとしてみれば自然かな、というところが気になりましたが、男と女は年齢関わらず、いつもこんな感じ、と考えることもできる。こういった、「何気ないがいい作品」こそが、もっとみんなが観たい作品なのじゃないか、とまあ、これは常から言っていることですが、誰も、突出した部分なんかは求めていなくて、いい映画でさえあればいいのであって・・・という感じです。サントラは、スコア中心ですが、スコア以外の、映画を見たら、聴き返したくなる曲2曲もちゃんと入っていたので納得。『(500日の)サマー』が永遠少年映画なれば、『新しい人生のはじめかた』は、似ているが「大人になれない大人の映画」(これも、1ジャンルとして成立するぐらいある)の近年の傑作ということでしょう。ともに、着地は違うが、切なさ加減などが似ているのだ。『(500日の)サマー』と違って、こっちは二人ともに自虐的なんですが。・・・・そして、試写室から近い山形・沖縄共の物産館にまた足を。そして、ここが交通会館とも全然近いことも気がつく。これはヤバい。買いまくりそうだ。・・・・そして、今はサントラのラスト「WHERE DO WE GO」をほぼループ的に聴き返しているという次第。

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