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2012年5月13日 (日)

音の響きが印象的な『裏切りのサーカス』

『裏切りのサーカス』シャンテにて鑑賞。本編の前に。まず、久々のシャンテだったのですが、「ミニシアターの感じがコレだ」と感じたのが、いい意味での、空間の少なさ。どうも、シネコンのロビーその他の雰囲気には慣れないので、やはりコンパクトにまとまった空間の方が、落ち着いて「映画を見る」雰囲気になる。ただし、確かにこれはアトラクション映画ではなく、内容をしっかり見る作品の雰囲気である。
そして、予告が始まる。ある程度は知っていたが、あまりにもの、映画ファンの間ではすでに有名なタイトルがズラズラと並ぶ。ちなみに『最強のふたり』も、めでたく『最強のふたり』の邦題で9月にシャンテで、だそう。ここからわかるのは、完全に「次も見に来よう」とファンが劇場に着く、ということである。シネコン的になったとはいえ、シャンテは3スクリーンなので、今、何を上映しているか覚えられる範囲だし、一日に何回も上映作品が入れ替わることもない。もちろん、ある程度の客数を確保できる作品か、館数を少なくした作品の旗館の役割を果たすものばかり、という恵まれた条件があるからこそでしょうが。
さて『裏切りのサーカス』。またしても、音のことからですが、ひょっとして『ぼくのエリ』もそうだったか(おそらく、そのはず)と思ったのが「音の響かせ方」。各シーンの舞台となっている部屋や、建物はほぼすべて、靴音一つ、すごくクリアに響き渡る。序盤に流れる劇伴は、リズム楽器の響きを強調するかのようなジャズ調のものだし、この「音の響き」が、独特の孤独感、舞台の寒さの感じ、そして衝撃的な内容がひとつひとつ明らかになる時の効果が、周りの静けさゆえにくっきりしてくる。周囲の静けさゆえの、清らかな恐ろしさみたいなものは『ぼくのエリ』にも共通するもので、これはひょっとしたら、北欧の映画人に共通して備わる演出のクセみたいなものであるかもしれない、と思う。
登場人物たちは、ほとんど表情を変えずに、目線での演技。目線と、構図で物語が語られる。映画的手法を駆使しました(全編駆使してますが)が明確に出る、ある男と女の初めて顔をあわせるきっんけとなるシーン。ちょっとデ・パルマやダリオ・アルジェント的なものも思い起こしてしまう見せ方ですが、あの複数の状況を一度に見せることで状況を瞬時に悟らせる方法や、どのシーンにどの人物とどの人物が同席していて、どういった表情をしているか、ということで、いろんな状況の展開と謎解きがわかるようになっている。
推理小説の多くが、最後、犯人もしくは鍵を握る人間の長い告白で終る、というパターンが多かった頃、笹沢左保の推理小説は、その幕締めは絶対におこなわず、地の文ですべて最終的に語り終えるようにする、というポリシーがある、ということで、読み手としても、一目置いていたことがある。今や、ミステリーも多様化しているから、それも昔の話で、長い告白で終るものもパターンとしてのひとつで、多くの謎を提示しておいて、かつ、ミステリーでもあるのに、ほとんどを解明させずに終えることもあるだろう。『裏切りのサーカス』も、最終的に語る人間は存在するが、最小限にとどめられている。
ミステリー映画の謎解きの見せ方で、最近の形として印象的なのは、『ジャッキー・ブラウン』の後半であったり、ラストには謎解きに入っていくが、もともと、ある程度時間軸バラバラ的構造にすることで、謎の提示と解明のバランスを楽しませるアルモドヴァル映画などがある。『裏切りのサーカス』は、主人公の回想を唐突に長い分数挿入することで、若干時間軸を変更させている風にも見えるが、主人公の思考(推理)をそのまま映像として見る側に追体験させていくのだから、理解もしやすい。
そんなアルモドヴァル映画での常連のアルベルト・イグレシアスが、今回の音楽担当。アルモドヴァル作品でのイグレシアスは、ともすれば悪いジョークな物語を美しく見せるための、言い訳?というかサポート役ともいえ、イグレシアスの音楽がユーモアをもつことはない(そういえば、この人が担当したコメディ映画、というのは聴いたことがない)。饒舌すぎない美しい室内楽で作品をサポートし、物語のトーンを引き締める。基本的には、ヨハン・セデルクヴィストの音楽作用と似た効果である。

シャンテの観客と同じ空間で感じたこと。この人たちの多くは、20年前に、やはり渋谷・銀座・六本木のミニシアターで、その頃の映画をファッショナブルに楽しんだ層のように思える。多分、映画の楽しみ方を最も知っている層の重要な部分なので、この人たちが、ひと月に一度、二度、同じここに足を向ける習慣は途切れさせてはいけないのだ、と。まわりの環境を見ても、そんな層が足を運べそうな雰囲気の映画街は、やはり、このあたりなのかな、と。しかし、銀座・日比谷も、それぞれがんばる「シャンテ」と「スイッチ」と「銀座テアトル」は決して近くないんですよね。
少なくとも、『裏切りのサーカス』は、カップルのための映画では決してない。彼らは、『テルマエロマエ』の最終回のチケットをとっているようでした。

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