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2012年7月 8日 (日)

セリフのようなSEと自然音、SEのようなセリフ『ベルタのモチーフ』

昨日の7月7日、シアター・イメージフォーラムにてのホセ・ルイス・ゲリン映画祭で『ベルタのモチーフ』。ある程度、前知識いれたつもりだったのに、忘れてしまって、スクリーン前に落ち着いたときには、邦題の正確なタイトルすら思い出せなくなったていたらくで。確かに、昔、シネ・ヴィヴァンやユーロスペースなどの映画(をおもに大阪で)で浴びるように感じていた映画的記憶とおそらくほぼ同じの快感があった。映し出されるモチーフは、これ以上ないほどに絞り込まれて、その連続するイメージの中の、まるで間違い探しをするかのような、かすかな変化を感じ取ることで、ドラマを感じ取る。少女という題材への、映画作家の執拗さは、昔から脈々とある感じですね。これを見ると、『山の焚火』『緑の光線』あたりを連続で見たくなる。『ベルタのモチーフ』は83年の作品なので、シネセゾン配給とかで、ヴィヴァンでロードショー、は年代的には可能だったはずなのだが、当時は発掘されていなかったのだろうか。
そして、ゲリン映画はとにかく音響、のようで、この作品も、自然音および効果音はまるでセリフでありモノローグ。かたや、人物が口から発するセリフが逆に効果音もしくは自然音のように流される。この作品ほど、無音で見たら、意味がわからなくなる作品もないだろう、と思う。いやあ、久々に、映画を浴びた感じがしました。

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