« 深谷シネマで見た『シグナル 月曜日のルカ』 | トップページ | 膨大な情報量とドラマ『ニッポンの嘘』 »

2012年9月29日 (土)

「アップリンク配給」で「ル・シネマで公開」の「難病ものフランス映画」『わたしたちの宣戦布告』

『わたしたちの宣戦布告』於ル・シネマ
あまりにもおびただしく存在する「難病もの」のひとつとしてしか初めは見えないこの作品が「アップリンク配給」で「(関東は)ル・シネマの完全単館公開」という点がまず自分としては、何かある、と感じさせずにはおられず、かつ、アカデミー外国語映画賞のフランス代表作品であったということを知ると、何かある度はさらに増すというもので。
別に、この作品は、ミステリーではないし、パンフのイントロダクションでもそれがわかる記載があるのでためらわないが、この物語は「難病を克服する物語」なのである。
自分が鑑賞したのは、土曜の最終回で、まさしく若いカップル的な客層がまばらに座っていた。彼らの上映後の会話を漏れ聞いていると、そこそこのアート系映画ファン(自分たちでも映画制作に携わっていそうな会話だった)もいたりした。
そう、これは若い夫婦がわが子の難病に戦う決意をもつ映画であるが、そのモダンな生き方がフィットする層に、客層も相当限られかねない香りはした。その後の予告編のオーソドックスなラインナップを見ていると、こちらのオーソドックスな側の層にはにぎやかすぎるかもしれない、と。が、そこで考えれば、例えば、今年だと『別離』と『少年と自転車』そして『クレイジー・ホース』を見て、今回、という流れも十分ありかな、とも。
 アップリンク配給作品には、その作品のどこかしらに「戦う」姿勢が見られる、と感じている。はっきり社会的なものから、毅然とした生き方の人間ドラマまで。そんな「戦う」映画好きな配給会社ならではのやはりチョイスではあった。
そうそう、その「克服」した実話の当事者たちによる再現映画である。そこで思うのは、この映画が悲劇的トーンではなく、ポップで時にコミカルである、というのは、事実が「克服」したからに違いない、と思う。たらればになるが、そうでなかった、としたら、そもそも当人たちが映画化する勇気があるか否かも不明になるわけだし。ポップ・ミュージックの引用に凝れるのも、その余裕があるからだろうと思う。
そういえば、難病モノの「克服」のドラマのなんと少ないことよ。ひょっとしたら、この方が、実際の人間の精神的には役立つんじゃないか、と思えてくる(実利を考えるわけてもないですが)。物凄く大量に存在する難病モノの半分でもが助かる物語だったら、どうであろうか。それとも、克服する物語は、物語にならないとでもいうのだろうか。

ところで、本筋ではないことだが、主人公たちが出会うときに、互いの名前がロメオとジュリエットと知って、びっくりするわけだが、やはり、世界中のロミオもしくはジュリエットは、その特定の名前の異性に出会うと、ひょっとしたら、と意識するのだろうか。自分がそうだったら、するだろうな。

さて、パンフ。700円。アップリンク発行だが、ちゃんとル・シネマ仕様。ヴァレリー・ドンゼッリとジェレミー・エルカイムへのインタビューがメインをしめるが、これがほぼ全てを語りつくしている。コラムは3つで、フランス在住映画ジャーナリストの佐藤久理子さんが、フランスでのヒットの要因の分析なのだが、後半は、印象論と化す。この映画の状況こそ、本当は、林瑞絵さんに書いてもらった方が、なんて思ってしまう。
2つめのコラムは秦早穂子さんによるもの。フランス映画評論家のベテランから見る、現在のフランス映画といったところを期待するが、歴史の中で見るわけではなく、あくまで、この作品の解釈のみに徹した原稿。映画ファン以外、もしくは年配の観客などに向けた手引とでもいいましょうか。
3つめは、おそらく、この映画で唯一、詳細な解説が必要と思える「音楽」についての解説(完全にサントラのライナーノーツとして読んで可。フランス盤サントラお持ちであれば、このページをコピーして、入れておくことを薦めます)。やはりメインがクラシックの人だけに、クラシックの引用についての分析は、曲そのものの内容とも呼応させて、作品の凝りようを解説する。
当然ながら、自分は、サントラ引用に異常に反応するわけで、初めのほうで流れるドルリューは、ドルリューだ、というのは音を聴いてすぐわかるわけですが、はっきり曲名までわからない。確認すると、RADIOSCOPIEというラジオ番組の音楽。映画音楽ではない。ということは・・・・と、ユニバーサル・フランスから出た、あの6枚組のボックス“Le cinema de Georges Delerue”を確認したら、5枚目18曲目に収録ありました。ラジオ番組なので、フランス人には、なじみのある曲なのかもしれない。
そしてモリコーネだ。手術の日の朝のシーン。まるで、モリコーネがこのために書いたかのように、曲の尺とシーンの流れがぴったりあっている。エロエロな映画でのエッダのエロいスキャット入りの悩ましい名曲ということまでは思い出せて、でそういう曲だから、知ってるとシーンとのギャップがすごいなぁ、と思いつつ、クレジットで、そうそう『家庭教師』とわかる。
他には、あのユクセックがかかる「検査室に入れさせてもらえなくて、気が動転して気絶するまで」をこま飛ばしで見せるシーンは、どうしても『汚れた血』のモダンラヴと、最期のビノシュのこま飛ばし早送りを思い出さずにいられない。そして、この映画の最もメインシーンとなる簡易遊園地のシーンでローリー・アンダーソンとなると、やはり、アート映画世代かな。と思ったがしかし、この映画の2人は73年、78年生まれなので、ドンゼッリ側は、ティーンエイジにその洗礼をうけているかもしれない。
パンフのラストに、チラシではよくある、著名人コメント集があるのだが、これが100%古きよきシブヤ系を意識した人選と思える。選曲がやはり、日本では客層を選んでしまうし、編集のリズムも、決してオーソドックスではないので、意識的に、(永遠の)おしゃれ意識あり、の層になるのか。
先日のTBS RADIO “LIFE”のアンチエイジング時代での考察を思い出す。28歳で自分の年齢を止めた層、という見解である。

|

« 深谷シネマで見た『シグナル 月曜日のルカ』 | トップページ | 膨大な情報量とドラマ『ニッポンの嘘』 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/92257/55777111

この記事へのトラックバック一覧です: 「アップリンク配給」で「ル・シネマで公開」の「難病ものフランス映画」『わたしたちの宣戦布告』:

« 深谷シネマで見た『シグナル 月曜日のルカ』 | トップページ | 膨大な情報量とドラマ『ニッポンの嘘』 »