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2012年12月29日 (土)

物語の区切りのつけ方に、劇映画撮りとしての粋なプロさを感じる『おだやかな日常』

『おだやかな日常』於ユーロスペース 

映画を見る場合、まあ、厳密に言えば、全部がそれに当てはまるはずなわけだが、必ずしもそうではなくて、自分の場合、半分ぐらいが、「見る前の予想していた印象とは全く違う」ことで、かつそれはプラスの面でそうであることがある。

『おだやかな日常』は、まさに、これに当てはまる作品で、唯一の印象としての情報としてもっていたチラシのデザインや、そこでの選ばれている写真や、コピーなど(解説文は詳しく読んでいない。今回の場合、あえて、といったほうがいいだろう)からぼんやりと発するものは、こんなにも緊張が張り詰め続ける作品だとは思っていなかったということへとつながる。

岩井俊二関連の作品への登板で知られる角田真一による、手持ちカメラをふんだんに使っての、ドキュメント感をたっぷりと出し、張り詰めた空間が刻み込まれている。園子温が『希望の国』では、あえて使わなかった、それまでの園映画のタッチに似たものを『おだやかな日常』は扱うため、自然と、観る人間を選ぶアクの強さはあるだろうが、誰にどう見せるか、以前に、とにかく作らなければ、それも自分流に、というのが今回の作品のように思われる。

物語といっていいのか、プロットについては、とにかく女性たちの心理の推移がドラマの核であるから、女優の示す自然な反応は、間違いないのだろう。

あえて、劇映画作品として成立させるための粋さ、といえば、ふたりのパートナーである夫たちの使い分けだろう。ラストの夫のあの反応は、おそらく自然だが意外だった。そして、それは決してハッピーエンドでもなんでもないが、どこでドラマに一区切り打たせるかは個々しかない、というきっかけを作ったのは物語のプロだと思わせられる。

ほぼ新書サイズのパンフレット有。コラムは東京国立近代美術館フィルムセンター主幹の岡島尚志氏が、内田監督の前作などと比較して分析するが、引用されるのがジャン・ユスターシュ『ママと娼婦』である。

そして内田監督を発掘したとでもいうべきPFF、のディレクターの荒木啓子氏が内田監督のデビュー期の頃からを回想し、本作につなげていく。

杉野希妃を中心に論じるのは、映画評論家の宇田川幸洋氏。

震災についての詠歌ということで京都大学地域研究統合情報センター准教授の西芳実氏が、実際と照らし合わせて解説、

そして『エンディング・ノート』の砂田麻美監督の印象。

シンプルに作られた中で、さまざまな切り口が見えてくるこの作品の、確かに読み解く手引きにはしっかりなっている。

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