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2013年1月13日 (日)

撮影日データがある意味への回答となる『あるいは佐々木ユキ』

『あるいは佐々木ユキ』於・ポレポレ東中野

商業映画ではない映画を撮るとしたら、どんな映画を撮りたいか、の理想系的作品。考えうる映画としての実験はすべてしてみたい、物語に縛られたくない、見ている瞬間がちょっと恥ずかしくなるような、そんなつい、忘れてしまいそうな感覚を思い出してみたい、など。

登場する人物たちは、今の若者だけれども、この感覚は、でも80年代あたりの自主映画の感覚と変わらないものであり、決して、今の若者へのメッセージにはなりにくいもののような気がする。今の30代および50代は、社会へのメッセージなどを結構、はげしく問うていたが、40代は、めぐまれていた世代で、サブカルを通して物を言う、そうざっくりとした世代論は、確かにあたっているような気がして、その「めぐまれていた世代」の映画と思える。

そういえば、この映画は「ファンタジー」であるという。一見、日常を舞台に描き、設定の、劇映画らしい記述は省略した「設定」は、だが、これは「ファンタジー」だといわざるを得ないところは、悲しいところではあるのだろう。

その、この映画がファンタジーだと説く説得性は、ラストのクレジットの撮影日データ(201134日に撮影を終えている)が物語る。

パンフレットあり。福間健二監督は、49年生まれなので、40代でも50代でもなかった。バリバリ学生運動の世代の人である。しかし、そういう方向には行かずに、年齢から想起するよりも若い世代と感覚の近い映画監督といえるのか。パンフレットで読み応えは、やはり監督のインタビューで、大事な点をこのパンフが押さえているのは、インタビュアーが誰であるかを明記していること。立教大学映像身体額専攻博士課程の河野まりえ氏による。この場合、作りながら考えていく過程がわかる内容で、いわば、これがまたひとつの物語になっている。

コラムは詩人の井坂洋子氏。詩人でもある監督の作品を詩人が論じるので、そういう評論になっている。脚本家の港岳彦氏も、詩に詩で応えるような評論。

正直、「詩」に関しては、まだなかなか正面切って味わえていない感覚はある。これも、多分、自転車にふいにのれるようになるように、何か、きっかけひとつで、急に視界は開けるような気はするのだが、まだ無知ゆえの抵抗感覚がどうも自分にはある。

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