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2013年1月19日 (土)

見なければいけないものを、カメラが追うということ『動くな、死ね、甦れ』

『動くな、死ね、甦れ』於ユーロスペース

蓮實重彦氏が絶賛し、カンヌ発で世界に広がったという意味で、見る前までは、狭い意味での美しさのイメージをもっていた作品である。だが、歴史を覆すほどの衝撃、といわれる作品の「美しさ」は、そもそも想像の範囲内なわけもなく、と思い、うちのめされることになる。

カネフスキーという人は、ストレートな人であり、目をそむけてはいけないものには、ちゃんと対峙する。その姿勢が「美しさ」ととられることもあるだろうし、この映画がモノクロで作られていることが、そもそも他人に見せる映像としての優しさじゃないか、とさえ思える。あまりにも、その異臭が漂ってきそうなぐらいに、実際には生々しいエピソードが、正面きって描かれる。もし、この映画がカラーで公開されたら、上映禁止になる国も多いんじゃないか、とさえ思える(端的なシーンの話ではなく)。

少年少女の物語でありながら、決して、少年少女のための物語ではなく、だが、ある意味、この映画を少年少女期に体験することも、悪くはないことかもしれないとも思うが、やはり、前準備は必要であろうとは思う。そこはカネフスキー自身とは大きく違うところである。

ところで、1989年に、このような、過去の貧困に根ざしたドラマを、決して美化せずに語る作品が、撮ることができる状況をうらやましくも思える。邦画も、昔のリアルタイムとして探せば、見つかるかもしれないが、今、カネフスキーのような映画を、物語としてはもっていても、実際問題として、形にできることはほぼ不可能なのではないか、とも思う。そして、その突破口的に、日本には、ドキュメンタリーがある気もする。

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