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2013年2月 2日 (土)

役者の存在そのものが物語の大半を説明する『反逆のメロディー』

『反逆のメロディー』

於神保町シアター(日活100年の青春)

 

プログラム・ピクチャーのアクションものの醍醐味は、よくよく冷静に考えると巨編としてしっかり撮るのも可能なほどの壮大なストーリーを、大胆な省略を重ねて、破綻すれすれ、もしくは破綻気味までシェイプアップすることにある。

本作の物語も、デ・パルマが撮ったら、4時間ぐらいにしそうな壮大さだが、まるで名場面だけをつなげたダイジェストのようにシェイプアップしてしまう。

本作で感じるのは、物語のいろんなものを省略して見せてしまうための技量としての、役者ごとの雰囲気の出し方だ。いわゆる「存在感」というやつでしょうか。

クールを装いつつも、あまりにも、感情がダサいまでにほとばしる原田芳雄であったり、棒読みすれすれのセリフが、だが、そこにどうしようもない色気が出る梶芽衣子であるとか、役者まかせな部分が、いい意味で多分にある。

ヤクザものの転機として存在する映画らしいこの作品の面白い点の一つに、玉木宏樹による音楽があり、ラストの爆発の殴り込みでのリアルな劇伴以外は、本来、こういったシーンでは流れなかったクロスオーヴァー・ジャズなのだ。ヤクザ映画から、若者向けアクション映画への移行の意志は固い。往年のヤクザ映画ファンなら「こんなもの、ヤクザ映画じゃない」と怒らせたい、その感じがある。

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