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2013年2月 9日 (土)

悲しい女性ドラマとして見ましたが。『チャイルドコール 呼声』

『チャイルドコール 呼声』於ユーロスペース

(トーキョー ノーザンライツ フェスティバル2013)

 

ほぼ全編ノウミ・ラパスの一人芝居作品。この、一人芝居視点ぶりは、あまりに過剰じゃないか、とみていて思うのだが、後から考えると、これはある意味フェアな手法ではあるし、そこから描くのが、このプロットだと、最もトリッキーではない方法なのだろうと思う。イメージとして新しいと感じたのは、要所要所に出てきてしまうという、謎の「湖」の存在。ベクトルは正反対なのだが、タルコフスキー『ノスタルジア』を思い出さずに入られなかったりして。

もちろん、配給宣伝は、この映画を理解しやすいカテゴリーとして、サイコスリラーと呼ぶのだろうけれど、不安定な精神状態に追い込まれてしまった女性の主観的ドラマ以外のものはもたないと思う。

この映画の監督の考える位置的なものが見えたのは、エンドクレジットで知るのだが、音楽がフェルナンド・ヴェラスケスなのである。ノルウェー映画に、わざわざスペインの職人を招聘して依頼する頭には、やはり『永遠の子どもたち』のインパクトがあろう、と思う。そう、みているうち、「これは現代版『チェンジリング』的なものか」という香りがしたのも、そのあたりに共通点はあるだろう。ネタバレになりかねない括りだが、これらは、特集的にまとめてみたら、見えてくる「恐ろしさ以外」のものがあるだろうと思えてくる。

サントラは現時点でリリースなし。カルテットかムービースコア・メディアに期待かな。

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