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2013年2月11日 (月)

ラストの、踊るクレジットたちは必見!『ムーンライズ・キングダム』

『ムーンライズ・キングダム』於シネマライズ 

ウェス・アンダーソン映画の特徴のひとつは、登場人物たちのあまりにも少年少女の「ごっこ」のように単純化されたものの中に見出せるおかしみであり、世界を箱庭化してしまうところにあったと思う。が、今回は、主人公たちを少年少女側に重きを置くことによって、今までのアンダーソンらしさは薄まり、自分のように、わかっちゃいるがやや拒否感のあった、アンチな側にも見やすい?が、それゆえ、ちょっと寂しさも関してしまうところはある。

そこで、対比する大人世界のほうだが、例えば、フランセス・マクドーマンドとブルース・ウィリスの会話のテンポなどは、いわば「普通」で、その部分だけ切り取れば、アンダーソン映画の一シーンとは判別しにくい。

エンドクレジットはすばらしい。このアイデアは、ありそうでなかった。エンドクレジットが、文字通り、踊っている! クレジットに文字の意味だけで向き合うと、見落としがちの部分で、自分も、しばらくたってから気がついた。ある意味、このエンドクレジットは、席が立てない。こんな、席の立たせなさせ方は初めてだ。

そして、クレジットでの、デスプラ氏の音楽と称して、さまざまな楽器のアンサンブルを解説していく箇所があるが、そこで「トライアングル」までも、主役とする箇所、に、あらたなアンダーソンらしさを感じ取る。 

パンフレット。キャスト、スタッフのプロフィールは詳細。プロダクション・ノートもかなり詳しいが、これは本国の宣伝用インタビュー集を翻訳したものであろう。コラムは、小柳帝氏が、アンダーソンとフランスの関係を説いているが、かなり強引。核心を語るものでは全くない。

ちなみに、デスプラのフィーチャーはもちろんなのだが、アンダーソン映画のサントラは、まず全体の音楽監督的な位置で、オリジナル部分も含んでのマーク・マザーズボーと、既成曲選曲としてのランドール・ポスターという忘れてはならないふたりがまずいて、そのふたりの指示のもと、オリジナル部分をデスプラが録音しているのである。

そして、もうあらすじを書いているだけの芝山幹郎氏の原稿がある。

ところで、やっぱり、ウエス・アンダーソンは、なぜ、評価されつづけるのかが、やはりわからない。スターたちに愛される理由も、わからない。他の監督には作れない映画だとは思うが、作れないんじゃなくて、作らない映画なんじゃないか、と思うのだ。

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