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2013年2月25日 (月)

知られざる「ご当地映画」の傑作たちに思いをはせてしまう 『ひかりのおと』

『ひかりのおと』於・オーディトリウム渋谷 

映画としては、10年前ぐらいから脈々と続く、インディーズ邦画の主流のひとつである、無口で静かで、間で見せる作品である、と思うが、冒頭での音楽の入れ方で、「これは、いわゆる普通のお客さん(年に何本も見ない人々)への配慮があるな」とは感じる。決して、難解ではないが、日常からすれば立派にドラマとして存在しうるひとときを軸にして、そして男女のドラマとして、劇映画は成立している。

監督もキャストも地元の人々、ということで、であろう、風景に対してのよそよそしさ、逆に不自然な自然さ、がないのであろう、そういった「大都市から、撮影スタッフがやってきてスター俳優で撮る」ものとは明らかに違うフィットさがある。

音楽を職にしたい、という男が主人公でありながら、音に対しては、結構ストイックで、流れる曲調も、ジャズ寄りであるのは新鮮。若者用映画にずれてしまわない危険性への察知かな、とも少し思う。 

東京では、最近、上映が始まったところだが、地元では、一年以上前から上映は始まっている。パンフレットは2011年12月23日発行。自身トマト農家である山崎監督と、舞台となる牧場の撮影協力で映画に大きな役割を果たした三浦牧場の三浦氏の対談。詠歌と農業と地域のネットワークという、この映画ならではの話になっている。レビューとして、奈義町現代美術館副館長の岸本和明氏、『モバイルハウスのつくりかた』の本田孝義監督、映画評論家・上野昂志氏の各文。ラストに、東京・真庭・岡山のそれぞれのプロデューサー、桑原広考、加納一穂、岡本隆各氏のそれぞれのプロダクション・ノート的ひとこと。 

思ったのは、おそらく、かなりの数、存在する「ご当地映画」。『ひかりのおと』が最近までそうであったように、各地には、「東京では、まだ上映されていない長編映画」。各地の旅の目的のひとつに「ご当地映画を見る」というのも、今後、加えられていくのではないか。もしくは、それらの作品も、例えば現地でDVD化され、「おとりよせ映画」となるのであろうか。

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