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2013年3月 4日 (月)

「映画ファン」が住む町の「ご当地映画」。『インターミッション』

『インターミッション』於・銀座シネパトス
シネパトスの特色のひとつは、劇場そのものがひとつの建物、というものでないために、古い映画館然とした外観をとれない、ということがある。その代役として、三原橋商店街の地下に降りる階段が何度もフィーチャーされるのだろう。そして、シネパトスはなんといってもロビーが狭いので、ロビーでのドラマはほぼ無理で(ひとつあるが)、結果、劇場内でのドラマになるが、なんという大学生活の部室感覚なことよ!この物語を外に全く出さずに中で完結するドラマ以上に膨らませないで、別のドラマに逃げるのは、破綻させないためにもクレバーであろうと思う。
まるで、部室的な劇場を取り巻く狭い世界は、ひとつの地方都市のようで、「映画ファンが住む町」というバーチャルにつながる町の「ご当地映画」といっていいと思う。そのご当地感とは、この映画館を知っているか知らないかで、入り込みようがあまりにも変わってくるだろうし、広がることは、そもそも放棄していて、それよりも中の人間たちを大切にしている作品である、ということである。
菅野祐悟の音楽は、やはり多くは『ニュー・シネマ・パラダイス』を思い起こし、それは間違いないと思うが、個人的には、東京国際映画祭がまだ文化村をメイン会場にしていた頃の、上映前に流れた東急グループの協賛CMでの岩代太郎の音楽を思い出した。いずれも、ノスタルジーであることに変わりはない。(敬称略)
そして、この映画は、特にシネパトスにとっては、ということだろうが男の映画ファンにとっての、という作品なのだな、と思わざるを得ないのは、出演者のチョイスであって、基本は、現在「今も元気にされているのか確認したい」昔のスターたちであり、メインは女優だ。男については、主役に『ヒミズ』『サイタマノラッパー3』という、こちらは今後の邦画のカギになるに決まっている作品の2人を同じ世界に連れてきた、というところがメッセージ。少し前ならば、クセのあるインディーズといえば、浅野、永瀬、ムラジュンだったと思うのだが、もちろん、時代は、刻々と移り変わる。
パンフはすべてが友情出演とでもいうべき、それぞれがネタをもったアクター諸氏なので、その俳優たちの人物説明でページを取るが、これは、ひょっとしたら、鑑賞前にチェックしておいてもよいかもしれない。そして、スタッフの解説が丁寧で、こちらも事前予習がよいかもしれない。

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