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2013年3月17日 (日)

犯人側から描いたら相当面白いんじゃないか『黒い樹海』

『黒い樹海』於・神保町シアター
いろんな意味で娯楽映画娯楽映画した作品で、あくまでプログラムピクチャーとしてルーティンワークで作られる中での一作なのであろうなぁ、と思いつつも、肩の力を抜いて見ていられるサスペンス。もともとが「婦人倶楽部」に連載された作品とあって、清張作品としては珍しい雑誌社、新聞社と作家という、当時の「華やかな職業」を題材に、ちょっとした青春冒険ラブコメ的要素も入っている。そう、姉が謎の死を遂げ、その謎を解く、というプロットに関わらず、悲壮感はなく、事件に巻き込まれている自分の様を楽しんでいるとしか思えないヒロインが面白い。周りの人物も、性格付けをはっきりさせ、あらゆるものを簡略化し、謎解きよりも、パートナーとなる記者への興味に重点を持っていくのは、女性ターゲット作品ならではの嗜好だろう。
すでに4回ドラマ化もされている。この物語だと、特にトリッキーな筋立てではないが、人物性格が見所なので、犯人側から、図らずも、破滅に向っていく成功者を描くのも相当面白そうな気がする。
この頃の現代劇での女優のしゃべり方のリズムとトーンは、独特のものがあって、女優のしゃべり方は、いつの時代から、大きく変遷したのか、時代を追って確認していってみたくなった。
本作品は、1960年作品。自分が物心ついた時には、銀幕から姿を消していたスター(しかも、共演者の多くは、その後の活躍をリアルタイムで知っている、という条件つき)への興味は現代史を見るように湧き、この叶順子も、物心どころか、自分が生まれる前に去っている人は、気になって仕方ない、ということもある。

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