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2013年4月 8日 (月)

映画的快感の多さに社会問題的真摯さを思わず忘れる『海と大陸』

『海と大陸』於・岩波ホール
 
イタリア映画祭にも最近、行っていなかったこともあって、濃密な人間ドラマを真摯に描く現代イタリア映画らしいストーリーをもった作品を久々に見た。もちろん、映画として、それは理想であるべきだろうから、グチでは決してないのだが、一見、この物語は、シリアスに社会問題を訴えている。観客に考えさせる題材をもっている。が、この映画、舞台が、あまりにも美しい、観光を収入の重要な位置にもつ島を舞台にしている、ということもあり、ことごとく、画面がとにかくあまりにも美しいのだ。そして、それは海の青を基調にして、配分される色の問題であるとか、難民の肌の色と海の色、部屋の壁の色とのコントラストとか、船からの大挙しての飛び込み(このシークエンスが物語の中にちゃんとあるのだとは思わなかった)「映画的な快感」が多い。出産シーンあたりから目だって来る、カメラの横移動の、この移動スピードのエロティックさであるとか、感覚でうっとりさせてしまう部分が多く、ぼーっとしていると、そうか、この物語は、それがテーマのひとつであったのだ、と改めて気づかされるところで映画は終わる。この映画の終わり方は、物語の収束への責任は放棄している気がするが、ここで終わる、ということが、「実は問題はそこではなかった」感を気づかせているともいえる。もしくは、ここが「法よりも大切なものがある」主張をはっきりとさせるのだ。
 
岩波ホール独特のパンフレット。
随筆は、まず写真家の石川直樹氏の「神保町の街角から」。過去に岩波ホールで上映された『シリアの花嫁』と『海と大陸』をあわせ、『海と大陸』の重要なテーマのひとつを世界標準的な社会問題として考える。そして椎名誠氏、早乙女愛氏の印象論。
ところで、監督のエマヌエーレ・クリアレーゼって、シャルロット・ゲンズブールの『新世界』の人だったのか。

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