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2013年4月 8日 (月)

あるゲームスコアの記録のように見える『カレ・ブラン』

『カレ・ブラン』於・シアター・イメージフォーラム
 
いまや『時計じかけのオレンジ』を見ても『CUBE』を見てもそう思ってしまうのか知れないが、『カレ・ブラン』は、SFというより、シチュエーション・ホラー的なアイデアを組み込んだ
現代芸術的なゲームブックの様相と感じた。多くの情報をあえて削ぎ落として、設定されている世界の一風景。数々の人間の、コマのようにシンプル化されての末路の数々。そして、主人公たちまでも。未来を舞台にした立体的ボードゲームの、あるひとつのゲームスコアの軌跡。同じ舞台設定の中で、さまざまなパターンが考えられそうである。
そして、落伍者とされる瞬間。このやりとりは、世界の社会のよく似た問題をあまりにもシンプルにすればこうなる、という、ノートの一行。社会格差からいじめの問題から、あらゆる「対立」の話から。単純化すればつまりはこれだ、というのは、楽観的ではない想像世界を描くと、どうしても、こうならざるを得ないだろう。もしくは、「人間の教訓には全くならなくて、あくまで、根底を流れる思想も含めて、大きな遊戯」として捉えたら、新しい物語は作れるだろうが、それは「そんな物語を語って何の意味があるのか」と問われることを覚悟でのものである。そして、『カレ・ブラン』の思想は、そんな遊びのものではなく、存在価値・思考する価値は容易に認められるものである。
そんな優等生的思想をぼやかしてくれるのは、現代美術的舞台装置であって、たまたまストーリーのようなものもある実験映画として鑑賞する方が自分にとっては、辛気臭くないかもしれないと思う。
 
パンフレットは、まず、海外の批評家のコメントがずらり。
監督インタビューはたずねられる物事のすべては答えずに進むので、刺激がある。聞き手も、かなり、論点をまとめあげていてさすが。原稿は、真魚八重子氏の「作品解剖」。ネタバレであることを先に書き、ひたすらに作品内に登場する膨大な記号をパズルを解くように考察。そして署名はないが、「ディストピアSF 文学とその映画化の歴史」という原稿では、ほぼリスト化されたものに、ちょっとした補足をつけたもの。そして音楽評論家・行川和彦氏の「作品研究」は、表現に凝って、必ずしも、平易な作品論ではなく、氏の肩書きから想像するに、ロック雑誌での批評的な見解である。真魚氏の原稿が比較的感情を抑えたものであるために、映画のテイストを残すために、ロック的感覚で捉えた一文の補足はこの映画はどう見られるか、の最大公約数の推測の手助けになる。

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