« ムーン・リバーへの抵抗と憧れ『オデット』 | トップページ | 既成ジャンルのふりをして、しばらくして崩す。『紅い夜明け』『火は上がり、火は鎮まる』『羊飼い』『追憶のマカオ』 »

2013年5月18日 (土)

大いなるネタバレから物語の遊び方まで『男として死ぬ』

『男として死ぬ』於・池袋新文芸坐(ジョアン・ペドロ・ロドリゲス レトロスペクティヴ)
5月12日(5/11深夜)鑑賞
 
 女性になることについて悩み生きる中年男と、そんな父を嫌っているようで、実は深いところで理解しているような息子のやりとりを軸に、とりまく人間関係の優しいドラマを土台に、物語が破綻しない範囲で、さまざまな表現術の実験へと旅をする。という意味のずらしが、ルイス・ブニュエル映画を思わせたりする。
 かっちりと濃厚でスリリングな物語を持った『オデット』の興奮とは別に、創作された人間関係を味わう物語で、精巧なプロットではなくロードムーヴィー的な自由さの上にある。その意味では、精巧なプロットになるはずの物語を作った上でそれを壮大に放棄して、興味を別にもっていくというアルモドバル作品の感触とは似ているようで違う(アルモドバル作品のアプローチがそもそも、マネのできないアクロバティックなストーリーテリングなので)。
 また、面白い点といえば、いわば、タイトル(原題直訳の邦題)がネタバレを宣言していて、その作りは取っていないが、まるで、ラストがファーストシーンで語られて、そこに向って物語がすすんで行く話法に似ている。そして、そこにプラスされる物語が、新たな感動も呼び起こして、複雑な構造としてのドラマを楽しむことができる。さかのぼるドラマと進むドラマを並行して味わう、そんな感じである。
 シーンで言えば、やはり森で迷う、物語としてはなくても成立するシークエンスだが、あの部分の存在が、この物語の存在理由を感覚的に最も説明する、そんな感じで、映画作家魂がほとばしり出ている。あんなシーンの挿入は、ストーリーテラーとしては、おそらく魅力で、さまざまな物語の中で、「物語に影響は与えないが、エッセンスをより強めさせるシーン」の想像は、物語遊びとして面白そうだな、とも思うし、いわば、自分の中で、自分を評論・解析する箇所を設ける、ということで、バキバキの娯楽映画などで、そんなシーンを挿
入する想像は、スピンオフ的にも、面白いだろう。

|

« ムーン・リバーへの抵抗と憧れ『オデット』 | トップページ | 既成ジャンルのふりをして、しばらくして崩す。『紅い夜明け』『火は上がり、火は鎮まる』『羊飼い』『追憶のマカオ』 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/92257/57406050

この記事へのトラックバック一覧です: 大いなるネタバレから物語の遊び方まで『男として死ぬ』:

« ムーン・リバーへの抵抗と憧れ『オデット』 | トップページ | 既成ジャンルのふりをして、しばらくして崩す。『紅い夜明け』『火は上がり、火は鎮まる』『羊飼い』『追憶のマカオ』 »