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2013年5月20日 (月)

まるで寡作作家のような夢の映像『静かなる一頁』

『静かなる一頁』於・早稲田松竹(鑑賞5月12日)
 
 とてつもなく観念的な作品を体験するのは、久しぶりと思われ、ここ最近は、睡魔と闘いながらすごす映画はなかったのだが、これはさすがに闘う時となった。
 画面には、静かながら刺激的な美しい画面が次々登場しているのだが、それを共有出来ないもどかしさ。おそらく、これは、この映画の持つリズム(カメラの動き、セリフの速度、音量、そして常にBGM的に聴こえ続ける水の音。まるで退廃した未来の水上都市を舞台に観念的悲劇を淡々と語る感じ。
 そして、脱色されたかのように、美しい無色彩の画面。
 ものすごい多作のソクーロフの系譜の中で、観念のパノラマ的な作品に没頭していた頃のエッセンスが凝縮した作品。いかにも、製作に長期間かかっていそうな作りなのだが、この規模の作品を年1本あたりのペースで発表しているから凄い。
 
 オールナイトで90年代のソクーロフ特集なんてやったら、完走者はどのぐらいいるのだろうか。そして、「藝術鑑賞」がこれほど肉体的行為であるとは、とも思ったりする。

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