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2013年5月 6日 (月)

瞬時のケータイ情報の重要性の描きこみが凄い『ウイ・アンド・アイ』

『ウイ・アンド・アイ』於・シアター・イメージフォーラム 
 自らの作風、というよりも、取材を重ねての、取材の対象(ハイスクールの学生たち)の空気にリスペクトしたタッチでの映像化。この意気込みは、先日の園子温の『希望の国』を思い出す。徹底して、自己の作家性的なものは、まず排除しよう、という試みだ。だが、今回の題材においては、ミシェル・ゴンドリーという、現代のポップ・カルチャーの中心にいるアーティストであったから、まず、取材が可能(ティーンの子達が、心を開くとかそういうこと)だったんじゃないか、なので、やはり、これはゴンドリーだったからこそ可能だった企画なのだろう、とは思っていた。
 ヒップホップ的なリズムをそのまま映画のリズムに持ち込む、あまりにもの今の職人らしさは言うまでもないと思うが、びっくりしたのは、今、進行するリアルな画像と、彼らの会話を補足するが如く、ものすごく自然にケータイの動画画像が頻繁に挿入される、その自然らしさである。
 今の、とくにケータイが当たり前世代の会話をリアルに描こうとしたら、ケータイの画面上で行われていることも描かないといけない。ケータイに瞬時に現れるさまざまな事象によって、会話がどんどんスライドしていくからだ。会話をせずとも、多くの人間がその情報・思想を無言のうちに共有していく過程の重要性は、東浩紀『一般意志2.0』を読んだときに感銘を受けて以来、感じ続けているが、『ウイ・アンド・アイ』の登場人物の彼らの感情の寄り添っていく様は、表情では素直に出さずに茶化してしまう彼らのケータイの中での情報交換がつなげていく。この「きっかけ」がとにかく瞬時ということをちゃんとゴンドリーは分かって、大ごとじゃない様に進めていく。しかし、ラストは、ちゃんと大ごととして、それを提示する。
 
 パンフレットは製作されていないようで、プロフィール・メインのプレスと、フランス語版のインタビュー・ブックが販売されていた。

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