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2013年5月13日 (月)

まるで戦場の方程式のような『恐怖と欲望』

『恐怖と欲望』於・オーディトリウム渋谷(5/5鑑賞) 
 
 自分の記憶の中では、こんな設定は初めてなのだが、というのは、登場人物が、自分たちは架空の世界の中の人間である、ということを自覚している、というところから始まる、ということである。
 そこで、この映画の中で行われることはある意味、普遍性がある、ということを告げる。つまり、戦争に至ったそれぞれの状況は関係なく、戦争というものは結局こうなのだ、ということである。なので、敵地に不時着してしまったある小隊(という設定)の行動を観察する。そこには結局、絶望であったり、女性を人間とみなさない扱いであったり(製作年代の話もあることだろう)、個人的には何の感情を持っているわけではないのに、殺し殺される運命であることを享受せざるをえない冷静さであったりである。
 これらは、箱庭的に展開するわけだけれども、ゲームの興奮では全くない。音楽も、戦争映画というよりもホラーに使用されるスタイルを踏襲している。
 考えれば、壮大な戦争映画の中の1エピソードとして組み込まれそうな時間数であり、コンパクトさで、習作的なものなのであろう、と確認することができる。
 
 特別上映的な上映ということもあってか、パンフレットに準ずるものは発行されていない様子。

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