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2013年5月30日 (木)

日常が冒険である彼女たちにとって、これは冒険映画である『三姉妹 雲南 の子』

『三姉妹 雲南の子』於・シアター・イメージ・フォーラム(鑑賞5月26日) 
 
 現地で何年も共に生活をして、大量に映像を取りためて、そこから厳選した映像、なのだろうと思っていたら、違うらしい。しかし、大量な映像からだろうとやはり思っていたのは、カット割が意外に多いということだ。なので、叙事詩的な作品だが、絵画的な美しさが重要性を持つ。強い風の音は、動画的空間の、連続性の美しさも感じさせるが、それよりも絵の美しさだ。
 時間から取り残されたような村だが、少女たちの着ているパーカーなどから、それは現在の出来事なのだ、ということを実感する。というのは、50年代以前の日本映画を見れば、物質的には何もない世界に暮らす人々の姿を垣間見ることができる作品はあるが、現在、今の瞬間も、この生活をしている人々がいる、と考えると特別な思いがしてくる。
 描かれる空間のインパクトを感じたい場合に、余計なドラマがないのはありがたい。少女たちの日常だけで、十分、見る側にとって、ダイナミックなイベントに満ちていて、事件なんて起らなくていい。
 この感覚は、先日見た『蜂蜜』とほぼ理由を同じくする。ともに主人公は子供たちだが、それはなぜかと考えるに、子供を介した方が、日常の些細なことを驚きの事象としてとらえるに当たって、違和感がなくなるからだろう。
 
 パンフレットは、ワン・ビン監督のインタビューをメインに、国立民族学博物館外来研究員の伊藤悟氏が、この映画の撮影地である雲南の状況を解説、作品評は瀬々敬久監督と、作家の大野更紗氏、明治大学の丸川哲史教授。
 また、同時期開催のワン・ビン旧作上映のパンフも兼ね、後半は、『鉄西区』『鳳鳴ー中国の記憶』を掲載している。

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