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2013年6月 2日 (日)

あまりにも贅沢な感動のラウンジ映画『アントニオ・カルロス・ジョビン』

『アントニオ・カルロス・ジョビン』於・K’s CINEMA
(大人の音楽映画祭) 
 
  究極のラウンジ音楽映画である。本当に、説明、解説一切なしで、ライヴ映像と貴重な映像資料のコラージュのみの作品なので、例えば、はじめて、この音楽に接する人は、どう、楽しむきっかけを作るだろうかとは思ったが、面白いのは、さすがに作った曲の多くがスタンダードとなった巨匠だけあって、世界各国のさまざまな年代のいろんなミュージシャンが同じ曲を取り上げていて、それらをまるでメドレーのように見せるところは、ものすごい贅沢である。はじめ、60年代の風物なども取り入れて見せるのかなと思しき映像がタイトルバックだが、本編に始まると、いきなりガル・コスタのパフォーマンスでスタート。本人の映像に、シルヴィア・トレス、ミルトン・ナシメント、シコ・ブアルキなどの黄金期の人々から、カルリーニョス・ブラウン、アドリアーノ・カルカニョート、パトフのフェルナンダ・タカイといった新世代、そして世界のポピュラー畑からフランク・シナトラ、サミー・デイヴィス・ジュニア、ジャズ・ヴォーカルの御所サラ・ヴォーンやエラ・フィッツジェラルドなど、そして海外ではピエール・バルーからはじまり、リオ、ミーナ、日本からはなんとマルシアに、小野リサが登場。これらのアーティストが数分ごとに登場するのだから、贅沢極まりなく、かつ説明なしのため、これはBGVとしても使えるな、なんてバチあたりのことも考えたりする。画質は悪かったが、それだけにあまりにも貴重のため収めた、と思えるジュディ・ガーランドあたりも感動。雰囲気変わって、ダイアナ・クラールのリオ・ライヴなんてのもあった。
 ラストはカーネギーホールでの本人のイパネマの娘のピアノ弾き語り。そして大勢の観衆の拍手喝采があるのだが、これが粋なのが、いろんなライヴ映像からの喝采シーンをコラージュするのである。いつの時代、どこでも愛された、ということだ。
 その反面、例えば、ジョアン・ジルベルト、アストラッド・ジルベルトに代表される重要人物で出てこないものもあるが、これは権利的な事情などに拠るものだろう。こういった映像集成を作るには、もちろん、パーフェクトとはいかないものだ。
 
 久しぶりに、この辺を聴きたくなったのは、もちろんである。

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