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2013年6月16日 (日)

倉科カナ・キャラの違和感で起る化学反応~ネオご当地映画『遠くでずっとそばにいる』

『遠くでずっとそばにいる』於・ユーロスペース 

  ソフトフォーカスで、優しくゆるやかに、だが乾いた感触で孤独感を捉えて、心地よさと心地悪さが同居する感覚は、岩井作品と似て、この世界観か、と感覚で理解しても、さらなる独特の(いい意味で)居心地の悪さは、倉科カナという人のキャラクターにある。他の役者は、長澤雅彦映画、というか、この映画世界の住人然として熔けこんでたたずんでいるのだが、主人公当人が、映画の登場人物的にテンネンなのである。
  物語は、ロマンティックでドラマティックな過去への旅なのだが、前半の倉科カナの天真爛漫さは、(『ウェルかめ』時の雰囲気とほぼ同じなので、地かもしくは得意キャラなのだと思う)他者との対比でドラマの深刻さを浮き彫りにさせるのだが、始終、過去の自分を信用していないながらも、その状況を当然の如く了承しているのが面白い。いわば「テレビや映画で聴いたことのある状況に、今、私がなっている。オモシローイ」という感覚で、もちろん、それは、恐ろしい真実になるべくなら向き合いたくない姿勢の大げさな現われと見る向きも当然あると思う。が、どうも、ドラマが進行するに当たって、シリアスな表情を見せるに至る推移を見る限りでは、自分をだます演技ではなくテンネンだ、ということを示すようである。
 結局、断片的なそれらしい事柄はわかりつつも、過去の自身の心情はわからない。それについて語るシーンも多く、へんな免疫ができてしまっていることに「さまざまなパターンのドラマが語りつくされてしまった時代」の不幸ともいえる状況が垣間見える。
 ところで、この映画は、秋田のご当地映画だが、ご当地映画の概念を覆す、おしゃれかつ詩的な「ネオご当地映画」として『百年の時計』とともに心に刻みたい。
 
パンフレットは、インタビューとプロダクション・ノート。長澤監督、倉科カナ、岩井俊二、そして主題歌(曲・岩井俊二)を歌う加賀谷はつみへのインタビュー、そしてロケ日誌と、ロケ地のわかる秋田マップ、そして狗飼恭子による、続編とも言うべきショートショート(小説)を掲載。これは新しい試み。

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