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2013年6月17日 (月)

孤立するプログラム・ピクチャー『蒼白者』

『蒼白者』於・ユーロスペース

 美男美女のラブ・バイオレンスとでもいいますか。ちょっとバイオレンスとアクションの違いを考えていたのだが、銃撃戦や格闘シーンが比較的長く存在する作品ならば「アクション」だと思うのだが、闘うのではなく、闇討ちほか、瞬時に生死を決めるシーンが多いものや、格闘ではなくリンチ的なものであれば、それはアクションじゃなくてバイオレンスだろうと思い、本作は、自分としては、バイオレンスに分類される。
 ヒロインの無表情さがカギだろうか。常が無表情なので、微笑んだときの意味合いが複雑になる。何重もの意味合いがありそうに思われる。男も、無表情を装うが、こちらは、翻弄される側で、見ていて、謎と思える部分は少ない。
 バイオレンス(もしくはアクション)で美男がピアニスト、となると、どうしても『柔道一直線』の近藤正臣の足指ピアノ(楽器の親指ピアノに非ず)を思い出してしまい、古いがこれはもうトラウマ的な刷り込みで仕方がない。裏社会を舞台にしていながらも、その屋敷の構えなどは、ハーレクイン・ロマンス的な、デフォルメした美意識があり、そこと裏社会バイオレンスをいびつに混ぜているのが、劇画的な興味である。
 その昔のプログラム・ピクチャーであったかもしれない風の荒々しさを多分ワザと残すのは、新作の作り手に、このジャンルを作る感触を忘れないようにするためか、とも思えた。さまざまなバイオレンスが存在する中の一本的たたずまいなのに、本作のみがポツンと孤独に存在しているように思えるからだ。

 パンフレットは存在する。監督と主演二人の鼎談、と、映画監督の井川耕一郎氏による、常本監督のフィルモグラフィーを一望できる監督論、フリーライターの磯田勉氏による日本の犯罪映画を考察する論。そして、大阪市を中心として撮影されたロケ地がわかるマップに、詳しいキャスト・プロフィール。スタッフ・プロフィールがないのが残念。

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