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2013年6月18日 (火)

あまりにも異色な「ミステリー」。『音楽』

『音楽』
於・ラピュタ阿佐ヶ谷(映画プロデューサー藤井浩明大いなる軌跡)
鑑賞6月16日

  相当妖しい結論に達していくものだと思っていたが、なんと、理路整然としたものよ。題材が、あまりにも異色だが、ちゃんと「ミステリー」になっているのである。「犯人は誰か」ではなく、「私はなぜ感じないのか」についてのミステリーである。ヘタしたら「知るかそんなもん」的な問題だけれども、さすがは70年代ATGならではの奇妙な愛欲話に発展していく。
 この映画をミステリーのはこにきっちりと入れる役目を果たしたのが、探偵役もとい精神科医師の細川俊之である。細川俊之も、この人自身の強烈なキャラクターを作り上げて、そこからブレない人だが、本作では、その細川ワールドが全開する。落ち着いた状態で興奮して声を張り上げる、という、まるで竹中直人の泣きながら笑う人のような名人芸である。
 後半の謎解きにおける彼は、あたかも、女の妄想の中にも立ち入っていくような存在となり、想像の舞台の中に裁判官たちが同席する大島渚『絞死刑』のイメージと重なってくる。
 エロさを音でも表現したいとばかり、喩えられる「ハサミ」の存在も、面白い。実際に上手い比喩かどうかではなく、聴覚のエロさをここで補っているのだろう。
 ATGの映画は、ともすれば、もし映画(スクリーン)を主役とすれば、こんな映画(マジメな大げさな、バッドジョーク)を、すました顔で見ている観客たちをこそあざ笑いたいがために存在するのじゃないか、と思えるひねくれっぷりで、さすがである。

 ところで、森次晃嗣の出演で、ウルトラ・チーム(怪奇も含む)って、スタッフもキャストも、濃い大人の映画の人たちが重なっているので、そのイメージが、再びウルトラを見直すときに、不思議な重厚さを納得してしまうのじゃないか、と思っている。

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