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2013年7月18日 (木)

ラフでほろ苦い青春映画としての『サンダーボルト』

『サンダーボルト』(於・オーディトリウム渋谷・70年代、アメリカ。)
鑑賞7/14

 必ずしも、脚本や、役者の演技の緻密さといったところとは別のところに存在する、あまりにもの大らかさ。大犯罪をしでかした男にアウトローを気取る若者があこがれて道中を共にする。スター俳優ふたりの共演で見せるどメジャー映画なんだが、すきまだらけの自由さを感じ取れて、これはまさしくロードムーヴィーの感覚で、犯罪映画の感覚ではない。クライマックスもラストも、緊迫感というより、しっかり仕事をしとげる心地よさを感じる。
 このサスペンスというよりも、観客に対するイーストウッドへの信頼感ゆえとでもいいたいどっしりとした感覚にもとづいて進行するテイストは、イーストウッド映画特有のもののように思う。この信頼感が、大雑把(に見える)な娯楽映画の、のりしろありきで楽しむ余裕を観客に与えるというか。
 そして、この作品で言うと、シネスコの画面ゆえに、作り手がコントロールできないよ的なワイルドさが展開して、自由である部分が多い感覚を楽しむことになる。
 犯罪映画をみた感覚は全くしない。それについては、若者(ジェフ・ブリッジス)も同様の発言をする。ディー・バートンの音楽も、サスペンス・アクションじゃなくて、カントリー的風味だし、ポール・ウィリアムスの主題歌も、ピュアでほろ苦い。

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