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2013年7月23日 (火)

飽きることのない見せ方へのアイデアも楽しい『1000年刻みの日時計 牧野村物語』

『1000年刻みの日時計 牧野村物語』
(於・オーディトリウム渋谷/はじめての小川紳介)鑑賞7/20

 上映時間の長い映画を観るときに面白いのは、まず、今回のように4時間弱の作品、と聴くと、心構えをする。すると、自分の心の中での、映画の情報処理速度が、調整されるんでしょうね、今回も、1時間50分たっての途中休憩になったとき、あれ?と思ったのだった。
 このドキュメンタリーの面白いところは、過去についての再現劇という形でのフィクションが随時挿入されていく。それは、地元の人による即興に近いもの(演技から地に戻る瞬間が絶妙だ)から、本職の役者を使っての本格的なものまで。理科の教室で見るような真正面からの実験記録的な、稲作の記録や、歴史的発見かもしれない発掘をめぐる考古学的やりとりのような素朴な展開から、と、手法がめまぐるしいため、そりゃ、観るほうも飽きるわけがなく、牧野村をめぐる短編を立て続けに見せられた感じでありつつも、これを一本の映画として見せるところにユーモアがある。
 そして、そう、この映画の魅力の大きな要素はこれですよ感をラストに思い切りクローズアップするが、あまりにもスリリングな、富樫雅彦のドラム&パーカッションによる「音楽」である。

 ドキュメンタリーとして提示されている作品の中に、あきらかなる作劇部分が存在する、というこのアイデアは、多くは、巧みにミックスされているのだろうか。あえて本作のようなスタンスにした方が、テーマや観客への姿勢ははっきりすると思うのだが。

 本筋から外れるかのように語られつつ、そちらも興味深い、という歴史にまつわる知識は、松本清張『Dの複合』や、邦光史郎『幻の高松塚』を思い浮かべた。10代の頃は、本筋のミステリーから外れての興味の部分は、飛ばして読もうか、なんて思ったものだが、そういうことではないんだ、ということは、今になってみれば、もちろんわかる。

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