« 昭和の母娘ならでは?の心情を丹念に描く『この空のある限り』 | トップページ | 実写女子高生版"ぱにぽに"じゃないか?『イみてーしょん、インテリあ。』 »

2013年8月12日 (月)

期待通りの青臭さという技巧『すかんぴんウォーク』

『すかんぴんウォーク』於・神保町シアター(吉川晃司映画祭)鑑賞8月10日

当時、そんな言い回しが定着していたか覚えがないが、いわゆる「突っ込みどころ満載」の映画であり、このいちいちの遊び方が、森田芳光映画のシュールな遊び方と違って、すぐに突っ込み方がわかるコント的な遊びを絶やさない。そして、それらをメジャー映画ならではの豪華キャスト+自身の映画仲間の個性派キャスト+映画好きにとってあこがれの俳優、が入り乱れて登場、いわば、その個性的な役者陣が、入れ替わり立ち代り、晃司(裕司)の前に来ては、いろいろと「教えてくれる」、ざっくりいうと、そういう図式である。
そして、そこに、自分が起用されたからには、その意味発揮とばかり、映像でも遊びまくる。この場合、主に、編集の遊びと思われる。そして、その中で、やはり、映画好きならではの固有名詞が、はずかしいぐらいに散りばめられることになる。
この記号の入れ込み方は、近年の大根仁『モテキ』の「もし記号自体の意味がわからなくても、それが物語の理解の障害にはならないサブカル記号の散りばめ方」に似ている。散りばめられているコネタにつぐコネタは、その個別の意味がわからなくとも、テンポなどで軽快に楽しく見進めることができるのだ。
全体として、ファンに「面白かった映画」として記憶させるための具体的な方法。この『すかんぴんウォーク』『モテキ』的娯楽物語構築は、どうも『あまちゃん』にも受け継がれているようなのだが、あまりに早急に消費してしまうには勿体無い調理方法のような気はする。

 そして、この映画がDVD化されないことについて、「ここが理由かな、ここかなそこかな」と、まあ、個人内面的にうるさいことよ(あくまで自分対自分)。

|

« 昭和の母娘ならでは?の心情を丹念に描く『この空のある限り』 | トップページ | 実写女子高生版"ぱにぽに"じゃないか?『イみてーしょん、インテリあ。』 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/92257/57974432

この記事へのトラックバック一覧です: 期待通りの青臭さという技巧『すかんぴんウォーク』:

« 昭和の母娘ならでは?の心情を丹念に描く『この空のある限り』 | トップページ | 実写女子高生版"ぱにぽに"じゃないか?『イみてーしょん、インテリあ。』 »