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2013年8月25日 (日)

主人公たちとともに時を過ごすというのではないのだが『返事はいらない』

『返事はいらない』於・オーディトリウム渋谷(廣原暁監督特集) 鑑賞8月19日。

 見つめ続けることを退屈にさせない。それも、華やかな空間じゃなくて、限りなく、リアルに乱雑に散らかされた、生活感たっぷりの部屋をじっくり見せる。
何もいわないこと、返事をしないこと、答えを求めないこと、物語を転がすことに全くこだわらないこと。そういった、今までの「物語」に対しての柔らかな反抗があると思うのだが、本作は、かなり、物事は変化する物語だ。
 でも、起こる事象は複雑ではなく、言葉にすれば簡単なのかもしれないが、言葉にできないことによって、のこまの進み方。主人公の、SEをサンプリングしての曲作りへの逃避は、逃避というサイレントな事象を、音を使って具現化させ、かつ、それをシリアスにではなく表現する、というおしゃれなワザを使っている。
 本作は、そんな中「言葉にがんばってしてみたことで起こる、悲劇?」。本当に、彼は、彼女と結婚したかったから言ったのか。うまく言葉を見つけられず、今の言葉とはニュアンスの違うものを選んでしまったのではないか。

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