« 実はありえないファンタジー感こそがロメール流『恋の秋』 | トップページ | キャリーの息子とでもいうべき『クロニクル』 »

2013年9月25日 (水)

”ビザンチウム”を活かさないことから考えること『ビザンチウム』

『ビザンチウム』於・シネマメディアージュ(鑑賞9月22日)

  必ずしも、ヴァンパイア映画のお約束すべてを踏襲せず、「人の血を吸う」「老いない」「秘密を知られたら殺すしかない」の三点をポイントにした人間ドラマ。ホラーといっても、殺す側の悲しさを強調する、視点を替えて、あくまで愛の悲劇としてのファンタジーである。
 母娘ふたりの関係をめぐる今昔の物語の交錯は、イメージ重視で丹念に描かれる。ただ、ちょっと意外だったのは、タイトルにもなっている名前の元ホテルのロケーション、この舞台を使用して、もっとビジュアル的に見せ付ける場面がてっきりあるもの、そしてこの建物へ誘うきっかけとなる男とのドラマがあるものと思っていたが、これらは、あくまで通過点に過ぎず、現代に生きるバンパイア女性の物語といいつつ、彼女たちの心は、彼女たちの年齢がリアルだった時代にあるのだ。まあ、もちろん、そこから、彼女たちの時間だけがとまって、他の時間は流れているのだから当然だろう。とすると、この「現代描写の希薄感」は、彼女たちの心情を描写していて的確。
 エレノアが吸血する人間の選び方を始め、それまでにないほどに、自身の存在と人間のシステムとの違いを浮き彫りにしていると思う。

 クラシカルなファンタジーの、リアルな読み解きは、『ダークナイト』以降、自然に受け入れられるようになってきている。そのうちの新カテゴリー内に入るものだろう。温故知新は、物語の進化のアイデアとして、ひとつの方法だと思う。が、温故知新は、これまでのニール・ジョーダン映画すべてにいえることだと思うし、その上に、右に出るものはいないほどにロマンチストだな、ということもよくわかる。

 パンフレットは、ニール・ジョーダンのインタビューが興味深い。物語の練り上げの過程が書かれている。撮影のショーン・ホピットへの言及もあり、今後のホビット撮影作品の鑑賞のヒントにもなりそう。コラムは北小路隆志氏の監督論、小林真里氏のシアーシャ論、高橋諭治氏のヴァンパイア論。脚本のモイラ・バフィーニのインタビューも少しあり。

|

« 実はありえないファンタジー感こそがロメール流『恋の秋』 | トップページ | キャリーの息子とでもいうべき『クロニクル』 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/92257/58265210

この記事へのトラックバック一覧です: ”ビザンチウム”を活かさないことから考えること『ビザンチウム』:

« 実はありえないファンタジー感こそがロメール流『恋の秋』 | トップページ | キャリーの息子とでもいうべき『クロニクル』 »