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2013年10月20日 (日)

ひたすら女の子たちのいがみ合い?に興味が行く・その1 『身をかわして』

『身をかわして』於・アンスティテュ・フランセ東京
(地中海映画祭・アブデラティフ・ケシシュ特集)

 ケシシュ作品3本『身をかわして』『クスクス粒の秘密』『黒いヴィーナス』を見て、特に前者2本で感じたのが、「とにかく過程の映画である」そして「女性たち同士の人間関係に(のみ?)興味のある人であるんじゃないか、ということだ。
 『身をかわして』は、構成は、まるでエリック・ロメールであるが、学生の男女の物語で、物語を転がす重要な役割に男側があったりするのだが、映画の興味は、ひたすら「この状況での彼女たちの心理状況は、反応はどうか」である。主役は3人かもしれないが、アンサンブルの心理劇で見せ、かつ、実際と練習している演劇の二重構造である。この映画内演劇も、男女の恋愛よりも、女二人の立場逆転に興味が行くものなので、それが実際の関係にも呼応する『Wの悲劇』的なものである。
 『黒いヴィーナス』は、史実を基にした、幾年もの時間を描くものだから、さまざまな制約があるようで、『身をかわして』と『クスクス粒の秘密』にこそ、ケシシュ映画のエッセンスを楽しめる部分が多いと思う。
 『身をかわして』は、ラスト直前の発表のシーンで、ちょっとひょっとしたら難解な箇所かも、と思った部分があったが、気のせいかも。

 ケシシュ映画の味のひとつが、『身をかわして』『クスクス粒の秘密』ともに「終わり方」だな、と思った。映画内の物語は「いったい、どう収拾つけるんだ?」という展開になるが、ともに「おお、ここで終わるのか」という終わり方。ともに、観客は希望7悲観3ぐらいの余韻で終われる。特に『クスクス~』の終わり方は絶品だ。特に『クスクス粒の秘密』の終わり方は絶品。人間ドラマで、この終わり方する物語は、見たことなかったかも。サスペンスやミステリーではあったような気がするが、確かに『クスクス粒の秘密』は、別に犯罪は起こらないけれど、語り口はサスペンス・ミステリーなんですよね。

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