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2013年11月 3日 (日)

2013年に、1997年のこの映画を見て思うこと。 『アンダーグラウンド・オーケストラ』

『アンダーグラウンド・オーケストラ』於・下高井戸シネマ

 パリのストリート・ミュージシャンたちの演奏風景とインタビューを、複数の取材を交差させてまとめる。製作は97年で、山形国際は99年で上映。
 ところで、思い起こせば、99年といえば、最もCDが売れていた時代のピークである。比喩でなく、まさにその時期である。この頃といえば『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』が公開され、この作品の大ヒットによって「ドキュメンタリーも商業映画になりうる」突破口が開かれた。99年に閉店した、日本にワールド・ミュージックなるジャンルを定着させた六本木WAVEの地下にあったシネ・ヴィヴァン六本木では、ドキュメンタリーをとりあげてはいたけれど、初期の『コヤニスカッティ』という広い意味でだとドキュメントといえる実験作品や、レイトで『想い出のサンジェルマン』などのまさしくアート・フィルムの流れとしてのドキュメンタリーの上映はあったが、現在のような社会の在りようを捉えるとでもいうか、の形の作品が上映されたのは92年の『阿賀に生きる』で、この作品も、ブエナ・ビスタに繋がる、硬派ドキュメントの「映像作品」としての興味の可能性を改めて問うた。
 つまりは、まだ、この頃はドキュメンタリーの商業上映は自然なものではなく、かつ、その反面、フランスを本拠地とする異国のミュージシャンたちのCDなどは、現在よりもはるかに容易に手に入っていた。来日も当時はしげくクアトロあたりでライブが行なわれていたと思う。

 そして、何より、2001年よりも、2011年よりも前の映画であり、これらの時代を通過すると、異国民事情への興味が、自身との共通性なしに考える余地はなくなってしまったのではないかと思う。もし、当人たちも、2001年や、イラク戦争などを通過した後だと、違うコメントを残す、もしくはコメントが採用されていないか、と思うのだ。

 たとえば、初期ケシシュの作品で描かれたフランスでの移民の姿は、本作のミュージシャンの姿に重なるところがあり、説得力を増す。それこそ、もし、今、シネ・ヴィヴァンがあれば、昼間に『ヴォルテールのせい』を上映してレイトで『アンダーグラウンド・オーケストラ』とくれば、よくわかっただろうが、いずれにせよ、移民のパリの姿は、まだまだ日本で理解の興味の入り口に立っているのかどうかが不明なところである。

 作品そのものに話を戻すが、監督が女性だからか、ミュージシャンのパフォーマンスシーンでも、聴衆としての女性や、ミュージシャンの家族として存在する女性の姿にこだわりがあったのがポイントか、と。パフォーマー本人をもちろん取上げるのだが、本作の興味は「彼らの魅力を暖かく受け止めている周囲の存在」にあると思われる。ラストは、スタッフにミュージシャンたちは挨拶して「仕事場」に向っていく。つまり、この映画のスタッフ自身も「彼らを暖かく見つめる周囲」となった、ということだ。

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