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2013年12月14日 (土)

秘められた、抑えられた華やかさ・快活さ『少女は自転車にのって』

『少女は自転車にのって』於・岩波ホール

快活なはずの娘と、華やかなはずの母。多くの欧米映画もしくは日本映画でさえも、でこういったドラマだと、見ることができたはずの、華やかな喜怒哀楽は封じられる。本来、ドラマのクライマックスとなると思われる場面で、それは禁じられ、まるで、喜びを感じてはいけないかのように制約され、その環境の中で、互いの幸福を与え合おうとする。
この映画は、あきらかに、世界の「映画を見る人々」に向けての映画であり、すべてのシーンは「私たちは、こういった時、こんな展開になるが、あなた方はこのシーンについて、疑問を感じますよね」という問いを発し続ける。その点において、この監督は、すごく、故郷の内外について、明解な解釈をもっている。
喜怒哀楽は、あらわしてはいけない、といわんばかりの証に、マックス・リヒターの音楽は、メロディの抑揚をつけないサウンドを発し続ける。そして、ラストで、それは少し崩れて、高揚しかける。それは、ヒロインのテーマとなっている。

パンフレットはもちろん、岩波仕様。石坂健治氏が、アジア映画の新潮流という解釈から本作へと向かい、佐藤忠男氏は現在の日本人が見た際に起こる疑問を整理し、辻上奈美江氏は、サウジアラビアに詳しい専門家の立場から社会問題や現状と照らし合わせながら解説、久保玲子氏によるハイファ・アル=マンスール監督のインタビュー、女性がサウジアラビアで監督として映画を撮ることの難しさの具体的なやりとりが興味深い。
そして片岡真由美氏と古賀太氏はともに、印象を手短に。

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