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2014年3月15日 (土)

大切な作品を邦画界に新しく残したと思います。『5つ数えれば君の夢』

『5つ数えれば君の夢』於・シネマライズ(3月9日鑑賞)

  20代の女性監督にしか作れない映画というのはあると思う。というのは、5人の10代の女の子たちに、「公に映る瞬間の中では」今までに見たことのない表情、しぐさを、20代の同性監督ならば引き出すことが可能だろう、というきっかけから、まず興味はわいた。そして、例えば黒沢清がトウキョウソナタの時に「小津映画のよう、と思ってしまったら、意識しないでおこうと思っても、スタッフたちの意識が自然とそこに行き着いてしまう」旨の発言わしていたように、リンチの映画、三池の映画、園の映画、といえば、その空気になっていき、その監督の作品に昇華されていく感じを想像できるように、早くも「20代天才文学/哲学少女型映画監督」としての山戸友希映画の世界が確立してしまっているのだ。
 そして、それは、こちらが、そういう映画を期待する、以上に、そういう映画だった。それは、これは映画ではあるけれども、自身の映画的記憶が色濃く反映するタッチのものではなく、手法が、映画以外の感覚から発させられているように感じるからである。
 映画は、整った物語は存在するけれども、一度描いた輪郭を一度消し去って、そこに薄く残った物語の跡を自由詩でなぞっていくかのような構成。編集を監督自身が行っているところもおそらくポイントで、それは、まるで詩人みずからがポエトリー・リーディングをしているような状況になっている。
 少女がノートに書き綴る夢物語をそのまま感覚まで忠実に映画化したかのような映画。それは、100%その感覚に近い作品に出会ったことのない側にとっては、本物の、より本物らしい本物、に出会えた衝撃のようなものがある。これは絶対、ピュアな状態を忘れない状況にしか作れない映画だと思うし、この、まだ、新鋭の名がふさわしい時期に、この作品が形作られたことは、監督の今後の軌跡にも大切だし、映画界にとっては、「若き才能に託してみること」の意義がここで発生したと思う。思えば、例えば、ヌーヴェルヴァーグの頃も、のちの巨匠たちのデビュー期の年齢を調べると、そのあまりにもの若さをいつもまぶしく感じてしまうのだから。

 パンフ。もちろん東京女子流のインタビューから始まるが、聞き手は直井プロデューサー。そして女子流以外のキャストのプロフィールをはさんで、中森明夫氏のアイドル映画として見る作品論だが、それよりもやはり岩井作品などに近寄っていく。そして平松可奈子氏が、アイドル先輩?的視点から女子流を見つつ。山戸監督のインタビューは聞き手が森直人氏、そして、小野華子氏が、山戸監督論を山戸調にも似た詩的な文体で。そしてスタッフ・プロフィール、そして針谷・直井両プロデューサーの対談、プロダクション・ノート、今日マチ子先生のイラスト2点、Vampilliaと岡田音楽プロデューサーへのインタビュー。もちろん、シーンのスチール・カットはふんだんに掲載。ほぼ全方位的構成。

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