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2014年3月 2日 (日)

華やかなA面のみを宣伝材料として『ラヴレース』

『ラヴレース』於・ヒューマントラストシネマ有楽町

この映画は、ポルノ映画にまつわる話だから18禁なのだろうけれど、これこそ、例えばティーンエイジは見るべき、人生疑似体験ではないか、とも思った。前半を占めるファンキーで華やかな喧騒。この作品が真面目に構造的なのは、この前半を輝かしきA面として見せ、何事か、と思わせるB面の導入から、まるでミステリーの解答編のように、まさしく「舞台裏」を見せていく。この構成のために、A面で、何を見せないかは細心の注意が払われ、セリフというセリフも、複線的役割を果たしている。映画がすべて語られたところで、前半に抱いていたイメージが、あまりにも現実とはかけ離れていたことを痛感する。
この映画が、一般論的教訓にまで落とし込もうとしているかは不明だが、この「破天荒な発想のポルノ」という側面を差し替えれば、多くのスター物語は、語られていない面もあるだろうことを再認識させるのだ。
社会にとって面白い、都合のよい物語、それは裏話も含めて、送り手が意図して製作する場合もあるし、メディアが、自分たちが発信したい物語に改変してしまうこともある。
『ラヴレース』は、A面のみを宣伝材料として使っている。これもまた、送り手側の作為だが、「送り手には作為がある」というメッセージをこめた多重の主張が、この映画の場合、成り立っているのだ。

 パンフレットは、まず、実は豪華なキャストのフィルモグラフィーが詳しい。スタッフについても詳しく、何を撮るかの題材に骨のある監督の作品の製作にあたって、まさに、信頼できるプロが集まっていることがわかる。インタビューはセイフライドのロング。コラムは、松浦泉氏の70年代カルチャーの解説中心のもののみ。リンダの自叙伝発売による反響周辺を解説するコラムはない。

 追記。セクシュアリティーについてメッセージのある作品での登板が多いスティーヴン・トラスクによる、今回のスコアは、彼の作品の中でも記憶しておくべき美しさ。陰をあまりにももちながらも美しいメロディを不器用に鳴らしつつ、そこにストリングスが、まさしくスコア然として形作られていく。ピノ・ドナジオの奏でる美しさに似ていて、そういえば、デパルマ作品を思わせるカメラワークのシーンもあったことを思い出した。

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