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2014年3月 1日 (土)

熱い主題をしなやかにテクニカルに見せる、作られるべき映画のひとつの形『ダラス・バイヤーズ・クラブ』

『ダラス・バイヤーズ・クラブ』於・シネマカリテ

物語の全貌が判明すると、ものすごく硬い作りの映画になりかねない、もしくはあまりに熱い映画になりかねない物語を、いかにテクニックを駆使して見せるか、という難題の解答ともいえる作品であったことがわかる。冒頭の、ある意味ショッキングというか大胆な導入は、この映画がどういうスタンスでいようとするかの宣言のようであり、それはテクニカルな光の取入れでの撮影、凝った編集と音響効果という「見せ方」についての宣言でもある。挿入されるクレジットの間も、そうである。
 この鮮烈でえげつないストーリーを、柔らかい画像と色彩でおさめ、キメにキメまくった、やややりすぎ感さえ漂う編集のドライブ感、そこに、主観としての音響を全面的に取り入れるという、なかなかありそうでなかったアプローチというテクニックで、芸達者な役者の体当たり演技が納められている。
 編集は、カットカットのリズムもだが、物語をどう省略するか、どこを見せないか、どこに執着しないか、というところでも、この映画の進もうとする道筋が見える。

パンフレットは、技巧を抑えて、読ませるパンフ。ちょうど映画の舞台となる同時期にアメリカで映画対策団体に参加した宮田一雄氏が、史実としてのダラス・バイヤーズクラブを解説。そして、主役ふたりのインタビュー。フィルモグラフィーは、キャストと監督は詳しいが、スタッフについては少ない。撮影のイヴ・ベランジェについての言及がないのが残念。

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